ベトナム

2008/05/13

サイゴンで聖火リレー4

4月30日にアップした、聖火リレーの際の周囲の様子をWMAからMP3ファイルに変換しました。

「V_200009.MP3」をダウンロード


ICレコーダーはVoice-Trek V-20を使っており、WMAでしか録音できないのです。これを、"Music Man"というシェアウェアでMP3にコンバートしました。

使い勝手のよいフリーウェアのWMA→MP3変換ソフトないでしょうか。

Music Man
http://www.mireth.com/pub/mpme.html

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2008/05/12

晴れを自覚する

先日も書きましたが、5月7日、ハノイのホテルで目覚めたとき、いままでとは違った感覚で起き上がりました。なんか、すっきりしているのです。その感覚は、いまも、自覚できます。

常にぼやっとした霞のようなものに脳内が満たされていた気分だったのが、晴れたのです。快晴ではないものの、天気予報なら、晴れと言ってよい程度に青空が見える状態です。

Cám ơn, Việt Nam!

旅行者という、何者でもない、もしくは、何者にもなれる、特別な存在として、ベトナムを歩き回ったことが、気持ちを切り替える方向に作用したのでしょう。

日本語が通じない土地で、ブロークン英語と拙いベトナム語を使い、自分の要求を満たすために、感情をはっきり表現しなくてはなりません。それが、発芽に必要な水分と同じような役割を果たしてくれたのではないかと思います。

ホイアンで、半日自転車を借りただけなのに、ホテルが近くだったせいもあり、僕が通るたびに手を振ってくれたおばちゃん。毎日昼前に水分補給に通っていたSinh To屋台のおばちゃんは、僕がハノイに戻ることを知ると「大きな町だから気をつけるんだよ」と声をかけてくれた。

自己を取り戻すリハビリの旅は、上首尾だったといえます。


僕は旅人です。天候によって行動のパフォーマンスが左右されます。


今回の旅にはスーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』(みすず書房)を携えていったのですが、そのなかに「ジャーナリストという旅行者」という表現がありました。やってきて、見たり聞いたり写真を撮ったりして、やがて去っていく存在。アイロニーを込め、そう言っているのです。

ずっとそこにとどまることはできないのです。

いくつかのことが、結びついたような気がします。視線の先にあるものを見つめ、理解に努め、記録し、帰っていく。その厳しい行為を続ける用意ができつつあるようです。


まとまりがありませんが、ご容赦を。いま書いとかないと忘れちゃうので。

今夜もパシチモターナ・アーサナで接続を確認して眠ります。

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2008/05/08

帰国

今朝、ベトナムから帰国しました。

ハノイ市内からのミニバスで同席した日本人男性から、ノイバイ空港のビジネスラウンジのチケットをいただきました。はじめて空港のラウンジに入りましたが、飲み物も食べ物もただなんですね!

機内では眠らず、映画「潜水服は蝶の夢を見る」と「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」を続けて観る。


東京から静岡までのバスは午後なので、ちょっと時間が空いてしまいました。渋谷を経由してアジトまでやってきたのですが、東京の人びとの歩く勢いが怖いです。

しばし仮眠ーー。あやうくバスに乗り遅れるところでした。

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2008/05/07

ベトナム人化

ハノイ最後の朝。ホテルで朝メシを、と思ったら、「ブレックファーストは終了です」と、強いベトナム語なまりの英語。起きたのが10時過ぎだったのです。それじゃあと、向かいのおこわメシの店でおいしい朝食に。

アイスコーヒーが飲みたくなったので、手頃なカフェでタバコをプカプカ。新聞売りが「シンモーイ」とやってくる。英字紙はないので、首を横に振る。

店員の女の子が暇をもてあそんで、僕とテーブルを挟んで斜向いの椅子に横向きに腰掛ける。


僕「ティンティェン」(お勘定)
店「ムーイハーイ」(1万2000)

店の外にあった英語のメニューでは、2万ドンと書いてあったんです。一瞬ですが、ベトナム人化に成功したようです。

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2008/05/06

ホイアン→ハノイ→東京

夕刻、ホイアンからダナンを経由してハノイに戻ってきました。僕の記憶に残っている姿とは異なり、土産物の町に様変わりしていたのには少々がっかり。それでもホイアンの人びとと、ちょっとだけ親しくなれたのがうれしかった。

早いもので明日深夜、ハノイを発ち日本に戻ります。

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写真はすべてホイアン。

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2008/05/02

ベトナムの聖火リレー、開始前に活動家多数拘束か(APFBB News)

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2385091/2883354

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2008/05/01

Goodbye Saigon

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いまでは安宿街といえばブイビエン通りですが、かつてはファムグーラオ通りがその代名詞でした。そのファムグーラオ通りを歩いていると、植え込みに注射器が捨ててあるのをよく目にします。薬をやってるわけです。足下に注意して歩きましょう。


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独り旅で困るのはメシです。みんなでワイワイいろんな料理をつつくってのができませんから。それでも、ベトナム料理はどれもおいしく、屋台やコンビンザン(大衆食堂)に行けば、格安でお腹いっぱいになります(それでも物価は上がってます)。なかでも、バィンミーティッ(フランスパンのサンドイッチ)はお手軽です。


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数年ぶりのサイゴンですが、いろいろ変わっていました。バイクに乗るときはみんなちゃんとヘルメットをかぶってますし、自動販売機もあれば、24時間ストアも…。これは僕のわがままですが、複雑な気分です。

さてと、明日は小さな町に移動することにします。

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2008/04/30

休日の休日

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宿には白人のバックパッカーに交じって東洋人のおじさんが泊まっていました。話を聞くと、カリフォルニア在住の日系二世(60歳)で、若い頃ベトナム戦争に従軍していたそうです。彼の青春もベトナムにあるのでしょうか。


祝日(「解放」記念日)の今日は朝から雨。ホテル前の通りも冠水。朝食をホテルのロビーでとろうと待っていると、宿泊客の1人がポストカードのスタンドを倒してしまいました。大量のポストカードがバラバラッと。今日はいろんなものが降ってきます。

後片付けを手伝ったせいかわからないけど、お昼ご飯をホテルでごちそうになりました。ま、このホテル、食べたいと言えば、軽食はタダでいただけるのですが。僕は馴染みの従業員と一緒に台所で現地メシ。こういう料理が一番おいしかったりして。

しばらくして雨が上がったと思ったら、また降る始末。今日は、床屋と夕食に出かけた以外、ホテルでのんびり、です。

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サイゴンで聖火リレー3

聖火リレーの際の周囲の様子をWMAファイルでアップしてみました。

「V_200009.WMA」をダウンロード

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ベトナム聖火リレー終了 数十人拘束の情報も(中日新聞)

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008043090041005.html

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2008/04/29

サイゴンで聖火リレー2

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18時すぎ、市民劇場まえをスタートした聖火リレーは、レロイ通りを右折、パスツール通りを北上し、軍競技場を目指して、走り抜けていった。沿道にはホーチミン市で働く中国人を中心に多くのサポーターが集結した。


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沿道に詰めかけた中国人サポーターは、行列をなし結集。車道の半分を占有し、聖火リレーが通る反対車線にはみ出さないよう、しきりに注意喚起していた。


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沿道には中国の国旗がはためき、「中国加油!」の大合唱。


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18時過ぎ、ついに聖火リレーが始まった。沿道の中国人の興奮も最高潮に達する。


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聖火リレーがパスツール通りにやってきた。聖火の周りには厳重なガードがついていた。


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パスツール通りを走る聖火リレー。


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聖火が通り過ぎると、沿道にはベトナム人が夕涼み。

市内中心部の聖火リレーしか見ていないけど、その後どうなっただろうか。聖火を追っかけていた白人のカメラマンがズボンのポケットから何かをすられたらしく、ポケットを押さえ「くそっ!」と言って、引き返していった。

サイゴンでは人混みに注意ですね。

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サイゴンで聖火リレー

聖火リレー、今夜ホーチミン市で(Viet-Jo)
http://viet-jo.com/news/politics/080429030545.html

ベトナムで聖火リレー=中国以外では最後(時事ドットコム)
http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPJAPAN-31565920080429

五輪=聖火がベトナム入り、今夜ホーチミンでリレー開催(ロイター)
http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPJAPAN-31565920080429

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2008/04/28

ハノイ旧市街

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ハノイにはこういう渋さがあるんです。おじさん、素敵です。

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2008/04/27

セント・ジョセフ大聖堂

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ちょうどミサが行われていた。子どもにはちょっと退屈かな。

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首相、聖火リレー時の秩序維持を指導(Viet-Jo)

http://viet-jo.com/news/politics/080424055532.html

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2008/04/26

ハノイの夜市

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ハノイの旧市街、ホアンキエム湖近くからドンスアン市場まで、南北を貫く通りは、日暮れとともに夜市に早変わり。

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ハノイでWiFi

完全オンデマンドの座席モニターで「ミッドナイト・イーグル」と「アイアムアレジェンド」、「チームバチスタの栄光」(これは途中まで)を観ているうちに、ハノイ着。JALのエコノミーなんだけど、機内食が以前よりおいしくなった気がするし、ナイフとフォークが金属製だった!

予約したホテルで手配してもらったタクシーにピックアップしたもらい、闇夜の中、ノイバイからハノイまでぶっ飛ばして30分。友人T氏に紹介してもらった、ホアンキエム湖近くの宿に初日は泊まる。

すでに日付が替わろうとしていたが、腹が空いていたので、旧市街まで歩いて、屋台でフーティエ。一緒に出されたスープは、シイタケのだしが美味。

明けて本日、「今夜も泊まりますか?」と聞かれたので、返事は正午まで待ってもらい、旧市街で散歩がてら宿探し。

で見つけたのが、いまの宿。部屋代は、連泊するからと前の宿と同じにしてもらった。しかも、各部屋にネットにつながったPCがある。残念ながら、日本語は表示できない。

WiFiも使えるというので、MacBookで調べてみると、なんと近所のホテルの電波をキャッチ(そういうことでいいのか…)。しかし、うまくつながらず。仕方なしに、LANケーブルを備え付けPCから引っこ抜き、Macにつなげる。

パーフェクトです。

でも帰国するころには、ウィルスまみれになっているかも。

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2008/04/23

花はどこへいった(SIGLO)

http://www.cine.co.jp/hana-doko/index.html

フォト・ジャーナリストだったグレッグ・デイビスが肝臓がんで亡くなったのは、彼が入院してわずか2週間後のことだった。妻である坂田雅子に喪失感とともに沸き起こったのは、「なぜこんなにも突然に亡くならなければならなかったのか」という疑問。米軍兵士としてベトナム戦争に送られた過去をもつ夫・グレッグの死について、友人から当時浴びた枯葉剤が原因ではないかと示唆された彼女は、夫への追憶と枯葉剤への疑問からベトナムへ行くことを決意する。…(上記HPより)

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2008/04/19

ベトナム:初の原子力発電所、東南部沿岸に2カ所建設予定(Viet-Jo)

http://viet-jo.com/news/social/080416041028.html

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2008/02/29

Asia Miles awards enclosed

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GWのベトナム行きチケットがDHLで届きました。リハビリと気分転換を兼ねて、といったところ。


先日、香港から国際電話がかかってきました。しかも、英語で。キャセイのマイレージサービス「アジアマイル」からでした。チケットの手配確認の電話です。

たまったマイルがまもなく失効するので、どうせ失うなら、まだ行けるかどうかわからないけど、とりあえず、ということでネットで登録しておいたのです。

「帰りの便が満席なので、日程を変更していただけませんか」

ホッ。これくらいの英語ならすぐ理解できます。

以前、アジアマイルから電話がかかってきたときは、拙い日本語で理解不能でした。先方はサービスのつもりだったんだろうけどね。

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2007/12/14

再び大学へ

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このたび、母校・静岡県立大学の大学院国際関係学研究科(研究生)への入学が認められました。正式には来年4月からですが、すでに研究室に出入りしています。

年内は横浜にいますが、来年は拠点を静岡に移し、アフリカ取材の準備を開始します。 健康と体力の回復にも努めなくては。

また、同大学図書館には、ベトナム戦争の写真報道で知られたジャーナリスト岡村昭彦氏の蔵書を譲り受けた「岡村文庫」があります。僕自身のアフリカ研究とともに、岡村文庫の資料整理にも携わることができそうです。

岡村氏は、アフリカのビアフラ戦争、エチオピアの飢餓なども取材しており、僕の問題意識とも共通するところが多いのではないかと思います。

「シャッター以前」に、学び、考える場と時間を得られたことは、大いなる幸せです。

【写真:エイズ/HIV孤児の学校にて(ウガンダ)】

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2007/11/25

西沙諸島での中国の演習非難=ベトナム(時事ドットコム)

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007112400248

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2007/11/23

ヌクマム工場の男性

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悠然とレンズを見つめる。少しの動揺もない。ベトナムの男もすてたもんじゃないな、と思った。
フーコック島 1999年8月

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2007/11/22

江藤元総務庁長官が死去=滞在先のベトナムで(時事ドットコム)

http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2007112200458

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「八紘一宇」

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元新聞記者。いまはレストランの経営者。1940年の日本軍仏印進駐について、「最初は期待したけど、すぐ幻滅しました」。そう言って私のノートに「八紘一宇」と漢字で書いた。
サパ 2004年5月

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2007/11/21

サイゴン解放30周年記念式典2

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ベトナム戦争当時、解放戦線の拠点で、地下トンネルが掘られたクチからやってきた。炎天下の式典後、声をかけたら笑顔で振り向いた。
ホーチミン市 2005年4月

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2007/11/20

サイゴン解放30周年記念式典1

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式典は旧南ベトナム大統領官邸前のレユアン通りで開催された。その模様はテレビ中継もされたが、多くの市民は感心がない様子だった。
ホーチミン市 2005年4月

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2007/11/19

少数民族

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細かな刺繍が施された民族衣装とカラフルな傘が美しい。ベトナムは多数民族のキン族と53の少数民族からなる多民族国家。
サパ 2004年5月

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2007/11/18

携帯電話

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ビーチを散歩していて出会った。どことなく寂しそうな雰囲気。誰からの電話を待っているのだろうか。
ニャチャン 2002年12月

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2007/11/17

果物を売る女性

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ドリアンやマンゴー、ランブータンなどのほか見たことのない南国のフルーツもある。すべて量り売り。
ミトー 2006年1月

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2007/11/16

ヌクマム工場の女性

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フーコック島はヌクマムの名産地。家族経営の工場では瓶詰めにして大量出荷するほか、店先で量り売りもしている。
フーコック島 1999年8月

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2007/11/15

小舟をこぐ母娘

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ベトナムの女性は働き者だ。力仕事でも何でもこなす。そんな母親を見て育った少女のまなざしは、強く美しい。
ニンビン 2004年12月

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2007/11/14

屋台の母娘

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カメラを向けたら少女は恥ずかしがって横を向いてしまった。母親にしてもらった化粧がかわいらしい。
ホイアン 1997年3月

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2007/11/11

仲良し兄妹

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「どこから来たの? 今日はちょっと寒いね」
ニャチャン 2002年12月

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2007/11/10

外国人観光客に花を手渡す少女

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「ベトナムにようこそ」彼女たちの瞳には好奇心があふれていた。
ミトー 1997年12月

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邂逅ベトナム 1996 - 2006

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せっかくミニスライドショー機能をつけたのに、エラー表示ばかりじゃ寂しいので、昔撮ったベトナムの写真を載せてみました。写真学校の仲間と2006年7月に東京で開催したグループ展にブックで出したものです。いま、あらためてこれらの写真を見ると、当時の被写体への向き合い方が見えてきます。いまはどうかって? う〜ん…。

とにかく、少しずつ掲載していきます。写真はホーチミン市(2006年1月)。

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2007/11/09

ベトナム人権抑圧で援助停止勧告(MSN産経ニュース)

http://sankei.jp.msn.com/world/america/071108/amr0711081839015-n1.htm

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2007/11/04

南アフリカのベトナム大使館職員宅に短銃強盗(Viet-Jo)

http://viet-jo.com/news/social/071102071802.html

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2007/11/02

ベトナム初の女性ヌード写真展・政府の保守姿勢が変化(日経NET)

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20071101AT2M3102I01112007.html

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2007/10/09

びょんびょん

なにもせず、毛布にくるまる一日になるかと思いきや。

机の引き出しを開けたら、ベトナムの山奥で買った口琴が目にとまった。少数民族の女性から買ったもの。

「Cai nay la cai gi?」(これは、なんですか?)
「ビョンビョン」(ビョンビョンです)

せっかくベトナム語で聞いたのに、土産物目当ての外国人(日本人?)にはそう答えるらしい。何年も引き出しに放っておいた口琴を口に当てて、鳴らしてみる。

「びょんびょん」

上手く鳴らすことができないけど、舌を口の中でめぐらせ、音色の変化に耳を傾けることしばし。


今日をこのまま終わらせるわけにはいかない。で、「ツォツィ」のDVDを借りて観る。

DVDプレーヤーがないので、Macを使うことになる。毎回そうだが、かたわらにあるベッドに横になりながら眺めるが、次第に首が疲れてくる。左右逆にしてみても、同じ。

で結局、ヨーガの座法シッダアーサナ(もどき)がもっとも楽なことを最近発見。

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2007/10/06

ベトさんが死去 ベトナム結合双生児の兄

ベトさんが死去 ベトナム結合双生児の兄(中国新聞):
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200710060249.html

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2007/09/26

ベトナム:原子力発電所、2025年までに複数

ベトナム:原子力発電所、2025年までに複数(HOTNAM):
http://www.hotnam.com/news/070924075554.html

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2007/09/18

ベトナムの伝染病感染率は世界ワーストクラス

ベトナムの伝染病感染率は世界ワーストクラス(Viet-jo):
http://viet-jo.com/news/social/070915050629.html

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2007/09/17

ベトナムの高濃縮ウラン

核テロ阻止で研究炉転換 米、越の高濃縮ウランをロへ(中国新聞):
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200709170002.html

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2007/07/05

報道監視強化へ、体制批判容認を転換

ベトナム政府、報道監視強化へ、体制批判容認を転換(NIKKEI NET):
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20070705AT2M0402A04072007.html

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2007/06/22

ベトナムのインターネット活動家、釈放される

以下、アムネスティ・インターナショナル日本メールマガジンから転載

アムネスティ・インターナショナル日本:
http://www.amnesty.or.jp/


ベトナムのインターネット活動家グエン・ブー・ビンさん(39歳)が、5年に及ぶ投獄ののち、今月はじめバーサオ刑務所から釈放されました。ジャーナリストで執筆家のグエン・ブー・ビンさんは、2002年9月、インターネットに民主主義についての文章を執筆・掲載し、また、Eメールで国外の政治的組織と接触していたとして、スパイ罪で逮捕され、禁固7年と出所後3年の保護観察の刑が下されました。アムネスティ・インターナショナルは、彼を良心の囚人と認定し、彼の釈放に向けてのキャンペーンを展開してきました。

グエン・ブー・ビンさんは、6月8日にグエン・ミン・チェット大統領からの恩赦により釈放が決まりました。6月9日に刑務所を後にしたグエンさんは、ハノイの自宅で、妻と娘たちと再会をはたしました。3年の保護観察が現在適用されているかは明らかではありません。

ベトナムでは、市民的および政治的権利に関する国際規約により、表現、結社、集会の自由が認められていますが、政府に批判的な平和的活動家たちがあいついで逮捕されています。一連の取締りでは、弁護士、労働組合員、宗教指導者、インターネット活動家など、20人以上が逮捕され、そのうち11人が不公正な裁判にかけれています。アムネスティ・インターナショナルは、表現の自由への権利を平和的に行使し投獄されているすべての人びとを即座に無条件で釈放することをベトナム当局に求めています。

ベトナムの人権状況については:
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=301

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2007/06/21

ベトナム移民のビザ免除

ベトナム移民のビザ免除 (FujiSankei Business i.):
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200706210043a.nwc

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2007/06/20

ベトナム、2020年までに原発建設

ベトナム、2020年までに原発建設(newsclip.be):
http://www.newsclip.be/news/2007620_012018.html

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2007/06/17

鳥インフル感染で死者 ベトナムで1年5カ月ぶり

鳥インフル感染で死者=ベトナムで1年5カ月ぶり(時事通信社):
http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_int&k=20070617012946a

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2007/06/07

ハルバースタムと「ニュージャーナリズム」

ハルバースタムと「ニュージャーナリズム」(NIKKEI NET):
http://waga.nikkei.co.jp/enjoy/book.aspx?i=20070607e1000e1

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