旅行・地域

2008/06/09

ビルマサイクロン被災者支援募金

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5月3日にビルマを襲った大型サイクロンの被災者に義援金を送ろうと、静岡県立大学の学生が「ミャンマーサイクロン被災者支援会」を立ち上げ、募金を呼びかけている。義援金は、現地の人びとが信頼を寄せる僧院を通じて、被災者に届けられる。

●募金は6月13日(金)まで
 静岡銀行 草薙支店
 口座名:ミャンマーサイクロン被災者支援会
 口座番号:0762999

 連絡先:090−6569−1491,mshs.kai@gmail.com
 ミャンマーサイクロン被災者支援会(静岡県立大学学生主催)


小雨がやんだかと思えば、蒸し暑い一日となった8日(日)。県立大学の学生とビルマ人留学生が、静岡市葵区の青葉公園で街頭募金。地元民放TV局も取材に来てくれた。その一部始終を見ていたが、丁寧な取材ぶりに安心。募金には、子どもからお年寄りまで、思いのほか多くの人びとが協力してくれた。

アクトローカルです。


※関連記事:「ミャンマーサイクロン被災者支援のお願い」(転載)
http://mchzk.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6862.html

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2008/05/15

「ミャンマーサイクロン被災者支援のお願い」(転載)

5月3日にミャンマーを大型のサイクロンが襲いました。多くの方が犠牲になり、100万人以上の人々が苦しい生活を余儀なくされています。

私たちの会では、現地の僧院を通じての被災者支援を目的とし、民間レベルで活動しています。

5月24・25日12〜14時にも丸井と109の間の通りにて街頭募金を行います。また、募金窓口として銀行口座を設け、義援金を振り込んでいただくことも出来るようにしました(6月10日まで)。少しでも関心のある方のご協力・ご連絡をお待ちしております。

静岡銀行 草薙支店
口座名:ミャンマーサイクロン被災者支援会
口座番号:0762999

ご協力お願いいたします。
連絡先:090−6569−1491,mshs.kai@gmail.com
ミャンマーサイクロン被災者支援会(静岡県立大学学生主催)

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2008/05/13

サイゴンで聖火リレー4

4月30日にアップした、聖火リレーの際の周囲の様子をWMAからMP3ファイルに変換しました。

「V_200009.MP3」をダウンロード


ICレコーダーはVoice-Trek V-20を使っており、WMAでしか録音できないのです。これを、"Music Man"というシェアウェアでMP3にコンバートしました。

使い勝手のよいフリーウェアのWMA→MP3変換ソフトないでしょうか。

Music Man
http://www.mireth.com/pub/mpme.html

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2008/05/08

帰国

今朝、ベトナムから帰国しました。

ハノイ市内からのミニバスで同席した日本人男性から、ノイバイ空港のビジネスラウンジのチケットをいただきました。はじめて空港のラウンジに入りましたが、飲み物も食べ物もただなんですね!

機内では眠らず、映画「潜水服は蝶の夢を見る」と「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」を続けて観る。


東京から静岡までのバスは午後なので、ちょっと時間が空いてしまいました。渋谷を経由してアジトまでやってきたのですが、東京の人びとの歩く勢いが怖いです。

しばし仮眠ーー。あやうくバスに乗り遅れるところでした。

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2008/05/07

ベトナム人化

ハノイ最後の朝。ホテルで朝メシを、と思ったら、「ブレックファーストは終了です」と、強いベトナム語なまりの英語。起きたのが10時過ぎだったのです。それじゃあと、向かいのおこわメシの店でおいしい朝食に。

アイスコーヒーが飲みたくなったので、手頃なカフェでタバコをプカプカ。新聞売りが「シンモーイ」とやってくる。英字紙はないので、首を横に振る。

店員の女の子が暇をもてあそんで、僕とテーブルを挟んで斜向いの椅子に横向きに腰掛ける。


僕「ティンティェン」(お勘定)
店「ムーイハーイ」(1万2000)

店の外にあった英語のメニューでは、2万ドンと書いてあったんです。一瞬ですが、ベトナム人化に成功したようです。

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2008/05/06

ホイアン→ハノイ→東京

夕刻、ホイアンからダナンを経由してハノイに戻ってきました。僕の記憶に残っている姿とは異なり、土産物の町に様変わりしていたのには少々がっかり。それでもホイアンの人びとと、ちょっとだけ親しくなれたのがうれしかった。

早いもので明日深夜、ハノイを発ち日本に戻ります。

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写真はすべてホイアン。

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2008/05/01

Goodbye Saigon

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いまでは安宿街といえばブイビエン通りですが、かつてはファムグーラオ通りがその代名詞でした。そのファムグーラオ通りを歩いていると、植え込みに注射器が捨ててあるのをよく目にします。薬をやってるわけです。足下に注意して歩きましょう。


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独り旅で困るのはメシです。みんなでワイワイいろんな料理をつつくってのができませんから。それでも、ベトナム料理はどれもおいしく、屋台やコンビンザン(大衆食堂)に行けば、格安でお腹いっぱいになります(それでも物価は上がってます)。なかでも、バィンミーティッ(フランスパンのサンドイッチ)はお手軽です。


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数年ぶりのサイゴンですが、いろいろ変わっていました。バイクに乗るときはみんなちゃんとヘルメットをかぶってますし、自動販売機もあれば、24時間ストアも…。これは僕のわがままですが、複雑な気分です。

さてと、明日は小さな町に移動することにします。

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2008/04/30

休日の休日

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宿には白人のバックパッカーに交じって東洋人のおじさんが泊まっていました。話を聞くと、カリフォルニア在住の日系二世(60歳)で、若い頃ベトナム戦争に従軍していたそうです。彼の青春もベトナムにあるのでしょうか。


祝日(「解放」記念日)の今日は朝から雨。ホテル前の通りも冠水。朝食をホテルのロビーでとろうと待っていると、宿泊客の1人がポストカードのスタンドを倒してしまいました。大量のポストカードがバラバラッと。今日はいろんなものが降ってきます。

後片付けを手伝ったせいかわからないけど、お昼ご飯をホテルでごちそうになりました。ま、このホテル、食べたいと言えば、軽食はタダでいただけるのですが。僕は馴染みの従業員と一緒に台所で現地メシ。こういう料理が一番おいしかったりして。

しばらくして雨が上がったと思ったら、また降る始末。今日は、床屋と夕食に出かけた以外、ホテルでのんびり、です。

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サイゴンで聖火リレー3

聖火リレーの際の周囲の様子をWMAファイルでアップしてみました。

「V_200009.WMA」をダウンロード

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2008/04/29

サイゴンで聖火リレー2

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18時すぎ、市民劇場まえをスタートした聖火リレーは、レロイ通りを右折、パスツール通りを北上し、軍競技場を目指して、走り抜けていった。沿道にはホーチミン市で働く中国人を中心に多くのサポーターが集結した。


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沿道に詰めかけた中国人サポーターは、行列をなし結集。車道の半分を占有し、聖火リレーが通る反対車線にはみ出さないよう、しきりに注意喚起していた。


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沿道には中国の国旗がはためき、「中国加油!」の大合唱。


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18時過ぎ、ついに聖火リレーが始まった。沿道の中国人の興奮も最高潮に達する。


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聖火リレーがパスツール通りにやってきた。聖火の周りには厳重なガードがついていた。


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パスツール通りを走る聖火リレー。


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聖火が通り過ぎると、沿道にはベトナム人が夕涼み。

市内中心部の聖火リレーしか見ていないけど、その後どうなっただろうか。聖火を追っかけていた白人のカメラマンがズボンのポケットから何かをすられたらしく、ポケットを押さえ「くそっ!」と言って、引き返していった。

サイゴンでは人混みに注意ですね。

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2008/04/28

ハノイ旧市街

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ハノイにはこういう渋さがあるんです。おじさん、素敵です。

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2008/04/27

セント・ジョセフ大聖堂

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ちょうどミサが行われていた。子どもにはちょっと退屈かな。

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2008/04/26

ハノイの夜市

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ハノイの旧市街、ホアンキエム湖近くからドンスアン市場まで、南北を貫く通りは、日暮れとともに夜市に早変わり。

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ハノイでWiFi

完全オンデマンドの座席モニターで「ミッドナイト・イーグル」と「アイアムアレジェンド」、「チームバチスタの栄光」(これは途中まで)を観ているうちに、ハノイ着。JALのエコノミーなんだけど、機内食が以前よりおいしくなった気がするし、ナイフとフォークが金属製だった!

予約したホテルで手配してもらったタクシーにピックアップしたもらい、闇夜の中、ノイバイからハノイまでぶっ飛ばして30分。友人T氏に紹介してもらった、ホアンキエム湖近くの宿に初日は泊まる。

すでに日付が替わろうとしていたが、腹が空いていたので、旧市街まで歩いて、屋台でフーティエ。一緒に出されたスープは、シイタケのだしが美味。

明けて本日、「今夜も泊まりますか?」と聞かれたので、返事は正午まで待ってもらい、旧市街で散歩がてら宿探し。

で見つけたのが、いまの宿。部屋代は、連泊するからと前の宿と同じにしてもらった。しかも、各部屋にネットにつながったPCがある。残念ながら、日本語は表示できない。

WiFiも使えるというので、MacBookで調べてみると、なんと近所のホテルの電波をキャッチ(そういうことでいいのか…)。しかし、うまくつながらず。仕方なしに、LANケーブルを備え付けPCから引っこ抜き、Macにつなげる。

パーフェクトです。

でも帰国するころには、ウィルスまみれになっているかも。

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2008/04/10

Simple Life インド、海辺の町の色

先日の恵比寿のお花見で、以前よく通っていたバーで何度か会ったTYさんに再会。正確にはもう学生ではなく、就職したてでスーツもほやほやの社会人である。で、TYさん、写真展を開催しているそうな。期間は1か月近くあるから、今度上京したときにでものぞいてみようかな。

タイトルにあるように、インドの写真展です。いつか行ってみたいインドです。ヨーガ三昧の旅をしてみたい。

Simple Life インド、海辺の町の色:
http://advence-stepbystep.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_a38f.html

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2008/02/29

Asia Miles awards enclosed

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GWのベトナム行きチケットがDHLで届きました。リハビリと気分転換を兼ねて、といったところ。


先日、香港から国際電話がかかってきました。しかも、英語で。キャセイのマイレージサービス「アジアマイル」からでした。チケットの手配確認の電話です。

たまったマイルがまもなく失効するので、どうせ失うなら、まだ行けるかどうかわからないけど、とりあえず、ということでネットで登録しておいたのです。

「帰りの便が満席なので、日程を変更していただけませんか」

ホッ。これくらいの英語ならすぐ理解できます。

以前、アジアマイルから電話がかかってきたときは、拙い日本語で理解不能でした。先方はサービスのつもりだったんだろうけどね。

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2007/09/22

これも病気の一歩手前か

右脳と左脳と体力を使った1日でした。

写真展「A DAY IN THE LIFE OF AFRICA 100人の写真家がみたアフリカの一日」が10月8日まで、神奈川県立地球市民かながわプラザで開催されています。金曜日、天気もよいので京浜東北線に乗って行ってきた。
http://www.k-i-a.or.jp/plaza/news/20070825africa.html

やっぱアフリカって素晴らしい。被写体と視線が合うと、心が動きます。約200点の写真に人間の喜怒哀楽が表現されています。さすがに、後半は集中力が低下してしてしまったけど。

帰り道、桜木町の中古カメラ屋へ。Allデジカメの写真展を観てきたばかりだけど、ライカのレンズを眺める。店員さんの説明を聞く。僕の好みも知っているので、いろいろ棚から出して触らせてくれる。

僕は、35mmはズマロンf2.8を使っているけど、せめてもう1〜2段明るいレンズが欲しくなった。最近のズミルックスf1.4は大きいながらも開放値でも写りは理想に近いが、高すぎて手が出ない。店員さんのアドバイスを聞きながら比較検討。ズミクロンf2に落ち着くものの、それなりに高価であることには違いない。

手持ちの機材で使わないものを下取りに出したとして、どのくらいで手に入れられるか…。帰宅後、機材を磨きながら、考える。今後の撮影姿勢にも影響することだし。

ここ数年、新品も中古もこの店で買うことが多くなった(量販店のポイントを差し引いても割がいい)。トータルで計算するとさんざん散財し、経営に貢献しているわけですが、商品選びや雑談で得られる情報量(デジイチの傾向なども)と裏技(面白いものを見せてもらった!)、勉強代と考えれば、長くつきあえそうだ。

1時間ほど話し込み、だんだん集中力が低下。手持ちの機材を吟味し、土曜日に「嫁入り道具」を調えて出直すことにする。

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2007/09/06

龍安寺と下鴨神社

先日、真夏日の京都を友人Sさんと歩いてきました。訪ねたのは、龍安寺と下鴨神社。

今回、京都に向かった理由のひとつは、龍安寺の石庭を眺めることでした。ただ眺める。不思議なことに、とても楽な空間です。小難しい解釈などあるらしいのですが、僕はただ見ているだけ。

しばらくして、隣に座っていたSさんが一言。
「おなかがすきました」

名言です。すでにお昼時。自身の体調に素直な言葉です。おかげで、僕の肩の力がすっと抜けたようです。笑った拍子に、僕のお腹も鳴いていました。


次に訪ねた下鴨神社。炎天下ですから、手水舎で手と口をすすいで涼をとります。行儀が悪いかと思いつつ、持っていた手ぬぐいにも水をかけ、首に巻いたり、帽子代わりに頭に巻いたり。


長い参道の帰り道。視線は自然と少し上向き加減に前方を向く。そういう場所なんですね。

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2007/09/03

ちょっと西へ

相棒はライカとズマロン。
もちろんフィルムも詰めてね。

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2007/08/01

旅とは

先週末までに手塚治虫の『ブッダ』を2回繰り返し読みました。ブッダの生涯は、旅の一生であったといってもいいように思えます。

今週は10数年ぶりに、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み、印象に残った言葉がいくつかありました。いまは、そんな言葉が心に響く時期なのかもしれません。

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たぶん、本当に旅は人生に似ているのだ。どちらも何かを失うことなしに前に進むことはできない……。
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旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。人の一生に幼年期があり、少年期があり、青年期があり、壮年期があり、老年期があるように長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。
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2007/07/07

ウガンダで目撃した

さて、ウガンダでは4日間のうち、半分を首都カンパラで過ごし、残りは地方に行ってきました。

首都カンパラは建設ラッシュです。空港のあるエンテベからカンパラまでの幹線道路では、長い区間で舗装工事が行われていました。カンパラでもホテルなど建築中のものが目に付きます。まるでバブル景気のようだという人もいます。しかし、首都にはスラムも点在します。

どうやら今年11月、カンパラで開催される英連邦会議(コモンウェルス)を当て込んだものらしい。なにせ、女王がやってくるという噂も。

市内中央にあるナカセロ市場では、市場労働者による集会が開かれていました。その市場の建物を取り壊してビルを建てようとの計画に抗議する集会です。

また、カンパラの東方、ナイル河の源流があるジンジャという町に行く途中、マビラ森林公園に立ち寄り、そこで活動する青年海外協力隊員に話を聞きました。ここでは、森林を伐採してサトウキビ畑にしようという計画があるそうです。それに反対するデモが月前、首都で行われ、死傷者も出ました。

その翌日は一路南西方面の小さな町、リャントンデへ。もうすこし足を伸ばすとタンザニア、ルワンダ国境です。この町にある山の頂にHIV孤児の学校があると聞いたためです。ウガンダは、世界で最初に爆発的なHIV感染流行が起こったところです。

そして最終日。前日、現地英字紙に難民キャンプの記事が出ていたことから、空港に向かう途中に立ち寄りました。正確には、難民キャンプではないのですが、小学校近くの空き地に集まった彼らから少しだけ話を聞くことができました。

それぞれの詳しい話は、ゆっくりと。

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2007/07/03

ウガンダの印象

ウガンダの人びとはとても紳士的。大声で怒鳴ったりするのは、非常に嫌われるそうです。話し方も、ソフトで優しげな人が多い。これは、想定外のことだったので、驚きでした。そして、首都カンパラは思いのほか大都市です。

アフリカについては、新聞やテレビで見聞きする、紛争や貧困のイメージが先行していたため、やはり実際に身をもって体験しないと行けないのだと、あらためて実感。

あいさつをするときにも、目があったら、手の平を相手に向けて「こんにちは」となります。これは敵意がないことを意味しているそうで、特に外国人であるボクには重要なジェスチャーです。

閉口したのは、市場などを歩いていると「チャイナ、チャイナ」と冷やかされること。最近の中国人による経済的進出が影響しているのでしょうか。以前からいるインド人の経済的影響力も大きいようです。

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2007/06/30

お土産はジャム

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今回のウガンダは短期間の滞在。現地でNGOスタッフとして駐在するK氏にコーディネートをお願いした。毎日、彼とともにウガンダを西へ東へ。彼も忙しい身であるのに、案内役をかってでたばかりか、ご自宅にも泊めていただいた。まったく、感謝の言葉もない。

彼の仕事は、農村開発。その仕事の一環として、試作されたのが写真のパイナップルジャム。付加価値を付けて、現金収入の増加に寄与しようとの目論見だ。

砂糖をまったく使っていないのに、非常に甘い。トーストとの相性はバッチリ。お土産にいくつか小分けにして譲ってもらったが、滅菌消毒がされておらず、防腐剤も無添加で、日持ちがしないので、帰国後すぐ、近場にお裾分けしたほか、ボクの胃袋に収まっておしまい。

ウガンダの未来を感じる味です。


ちなみに、この写真も大昔のデジカメIXY DIGITAL30にてパチリ。ピンぼけはやはり、時差ボケのせいか。

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100万シルの夜景

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6月18日、ウガンダ初日。夜景が素晴らしいという丘の上にあるホテルのレストランに連れて行ってもらい、お茶をすする。

名付けて「100万シル」の夜景。

シルとは、ウガンダ・シリング(sh)のことで、US$1=1580sh(6月18日の空港での両替レート)。100万シルは約630米ドル相当、8万円弱かな。

別の場所には、ガイドブックにも載っている100万ドルの夜景が見られるというホテルがある。そこにも行ってみたが、視界が樹木に遮られていて、ダメ。ということで、100万シルの夜景に軍配。

ちなみに、この写真は大昔のデジカメIXY DIGITAL30にてパチリ。手ぶれは時差ボケのせいか。

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2007/06/24

ウガンダから帰国

本日、無事ウガンダから帰国しました。短期間でしたが、非常に内容の濃い旅となりました。しかし、短期間故に十分な取材ができず、悔しい思いも。

いま、多くの人に伝えたいことがたくさんあります。機会を見つけて報告をさせていただきたいと思います。ボクにとってのウガンダはこれで終わりではありません。はじまったばかりです。

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2007/06/16

ウガンダ行き

ウガンダに行ってきます。短期間なので、首都カンパラを中心に。アジアから出るのは初めてです。どんな出会いがあるのか楽しみです。

ネット環境もそれなりに整備されているようです。メールのチェックもできますし(するかどうかは別にして)、ブログも更新するかもしれません。写真はフィルムなので掲載できませんけど。

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2006/09/24

ホイアン探検隊

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だいぶ前の話で恐縮です。ベトナム中部の港町ホイアンを訪れたのは、1997年3月のこと。かつて日本人街が形成されていたこともあり、日本人の墓もいくつか残っています。

ホイアンは99年、東南アジアで大量の古い木造家屋が現存している貴重な町として、世界遺産に登録されました。この町には江戸時代初期、朱印船が交易のため頻繁に往来し、日本人が建立したと言い伝えられている「来遠橋」(日本橋)は観光名所として健在です。

ガイドブックには日本人の墓についていくつか紹介されていましたが、あえて「さらに一キロほど行った水田の中に」と説明があるだけの墓を探してみることにしました。

黄色い乾いた砂を踏みしめながら、農家が点在する小道の奥へと歩きます。すれ違う人びとに「日本人の墓は?」と尋ねると、皆「あっちだよ」と竹やぶの奥を指さします。

しばらく行くと、男の子が駆け寄ってきて、案内を買って出ました。途中、道を間違えながらも自信ありげに私の手を引いていきます。すると、次第に彼の仲間が集まって、十二歳のダン少年を筆頭とする即席探検隊が結成されたのでした。

竹やぶを抜けると、見渡す限り緑がゆれる水田が広がります。ときは夕刻、急に空が曇り、雷が鳴り響きました。

   *

墓石に刻まれている文字は判読不可能で、日本人の墓かどうかも確信が持てません。しかし、なかなか楽しい体験でした。もちろん案内料は請求されましたが。そういえば、ダン少年は仲間が増える度に「あっちへ行け」と追い払おうとしていました。案内料を独占しようとの腹づもりだったのでしょう。彼は「コーラが飲みたい。ワンダラー」と真剣な表情で手のひらを私に差し出したのでした。

【写真=水田の中にぽつんと残されていた墓石と、即席探検隊員たち】

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2006/07/29

写真「邂逅ベトナム」

2006年7月11日から16日、東京・渋谷で開催したグループ写真展に出展した作品「邂逅ベトナム」をブログにアップしました。ページをめくるブックとは印象がちょっと異なりますが、ベトナムの人びとの豊かな表情をご覧ください。ご感想もお待ちしております。

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2006/04/30

ベトベト病

ベトナムに旅行して、その魅力にはまってしまうことを「ベトベト病」と勝手に言っていますが、僕はまだ克服していません(そのつもりもありません)。

この連休はやることがあって僕は国内にいますが、年末年始に一緒にベトナムを歩いた友人T氏はベトベト病に罹った模様で、ひとり南北縦断の旅に出かけました。

前回、僕と行ったのが初の海外旅行だったT氏ですが、今回はひとり旅です。どんなトラブルに遭い、どう乗り越えてくるのでしょうか。心配でもあり楽しみでもあり、うらやましくもあり。

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2006/04/10

ベトナムの光景

以前、知人のベトナム人から次のようなホームページを紹介されました。ベトナムの美しい風景です。ベトナム国内やボートピープルとして海外に渡った越僑のあいだで最近、人気があるそうです。

Bonjour Viet Nam
http://www.visualgui.com/motion/BonjourVietnam.html

このページの上位階層には、他にもおもしろいスライドショーがあります。
http://www.visualgui.com/motion.php

以下は、米国カリフォルニア州にある新聞「サンノゼ・マーキュリー・ニュース」のホームページより。サンノゼにはベトナム移民が多く、同紙もベトナム語版の新聞を出しています(まだやってるのかな?)。

VIETNAM: 30 years beyond war
http://www.mercurynewsphoto.com/story/vietnam30year/Vietnam30year.html

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2006/03/09

女装男つかまる

ホーチミン市で女装男が、ひったくりの容疑で逮捕されたというニュースがありました。夜10時半ごろ、売春婦を装った23歳の女装男が、40歳のフランス人男性に声をかけ、交渉が成立。このフランス人男性は、50万ドンと携帯電話2台をひったくられ、バイクも盗まれたとか。

いやはや。まあ、僕もはじめて訪越したとき、夕暮れのサイゴン下町で、アオザイ女装の男に腕時計をすられたという間抜けな経験があります。友人A氏と旅したときも、ほぼ同じ場所で同じシチュエーションでA氏の腕時計が狙われ、間一髪、僕が気づいて事なきを得たということもありました。いまでも、その器用さには感服しているのですけどね。


ホーチミン市:女装男、ひったくりで御用(VIETJO):
http://viet-jo.com/news/sanmen/060307083505.htm

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2006/01/15

サイゴン・バンコク国際バス

ホーチミン(HCM)市とタイのバンコクを結ぶ国際バスが2月、運行を開始するとの情報。HCM市とカンボジアのプノンペン間を走る国際バスが、バンコクまで到達する計画。

これは朗報か。バスでサイゴンからバンコクまでプノンペンを経由して行くだけでなく、オープンチケットがあるのなら途中下車の旅もおもしろい。アンコールワットのあるシェムレアップを経由するのか、または最短経路のバッタンバンか。いずれにせよ、東南アジアを旅する楽しみが、増えたことには違いない。

欲を言えば、タイのバンコクらアランヤプラテートまである鉄道が、カンボジアのバッタンバン・プノンペンを結ぶ路線に接続し(かつては国際列車が走っていたそうな)、さらにベトナムのサイゴンまで到達するなら、旅行者だけでなく、物流の面でも効果があるでは。

VIETNAM SKETCH:ホーチミン−バンコク国際バスまもなく登場
http://www.vietnam-sketch.com/news/060112035827.html

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さかのぼる旅日記「ベトナム:友人Tを連れて」

そろそろ、「さかのぼる旅日記『ベトナム:友人T氏を連れて』」を開始します。この年末年始のベトナム旅行の記録です。ほとんどサイゴン界隈におりましたが、スケジュール満載の忙しい旅でした。これまでの旅はたいてい、最低でも1週間は確保していたので、今回の5日間の滞在で同様の満足を得ようと欲張ると、やはり忙しいのです。やっぱ旅はせめて2週間はほしいですな。

もちろん今回もベトナムに癒されて来ました。はじめての海外旅行となる同行T氏にいろんなところを見てもらおうと考えていたのだけど、やはり時間の制約もあって、もうちっとディープなところに案内したいと思いつつ、行ったり来たり。でも、T氏もそれなりに満足して、ベトナムを好きになってくれたようなので、目的は達成できたのかな。

この記録は「さかのぼる旅日記」なので、2005年12月29日から始まります。順次公開しますから、さかのぼって見てください。

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2006/01/04

ベトナムから帰国

本日早朝、ベトナムから帰国した。現地滞在が実質4日間という短い旅だったが、はじめての海外旅行となる同行T氏もベトナムを好きになってくれたようだ。超過密スケジュールのなか、そう若いとはいえない年齢にさしかかっている我々だが、体調を崩さなかったのが幸いだ。

しかし、腹痛が現在進行中だ。帰宅後、仮眠して起きたらこの有様。寒さにやられたか、明日からの仕事のことを考えたからか、日本という環境にストレスを感じたのか…。T氏はどうだろう。

これから期日をさかのぼって、現地の様子をアップしていくので、よろしければご覧ください。ほんとは現地からリアルタイムで投稿したかったのだけど、毎晩、そんな体力は残っておりませんでした。ふう。

今回の旅に携えていった下川裕治著『香田証生さんはなぜ殺されたのか』(新潮社)も帰宅途中の東横線の中で読了。旅するってことを、またどこか見知らぬ国を歩きながら考えたい。

asahi.com:香田証生さんはなぜ殺されたのか [著]下川裕治
http://book.asahi.com/review/TKY200512200303.html

2006年の初日の出。サイゴン川のほとりから。
sunrise060101

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2005/12/30

ベトナム:友人Tを連れて3

ゲストハウスに入ると奥から「Hi! how are you?」と懐かしい元気のいいあいさつ。彼女はリン。10年来の友人だ。はじめてこの宿の世話になったときはまだ高校生で、朝はレセプションにいたかと思うと、午後は白いアオザイをひるがえしてホンダにまたがり学校に。そんな彼女も今ではオランダ人と結婚し、アムステルダムに住んでいる。今回たまたま帰省していたのだ。化粧もばっちりこなして、すっかり大人びた様子だ。

彼女に同行T氏を紹介しつつ、後から話の輪に加わったリンの夫(とても優しそうなガリバーだ!)と歓談していると、東洋人のバックパッカー4人組がやってきた。新たなゲストらしい。「こんにちは」と話しかけるものの無視、「Hello」との呼びかけも無視。どうやら、言葉が通じないのではなく、“無視”されていると見た(今回はよく無視されるなあ=第2話参照)。

どうやら韓国人のようだ。仲間内で話している言葉がハングルに聞こえる。僕は別に韓国人が嫌いな訳ではないが、この態度はいただけない。前回の旅では、中国人女性のバックパッカーとサイゴンを連れだって歩いて楽しい思い出となっている(下記URL参照)。同じではないが、西洋に比べれば近いメンタリティーのアジア人同士、手を取り合おうとの僕の呼びかけが…。ちょっと悲しい気持ちになりました。

再びサイゴンより3(May 07, 2005)
http://bvnr.cocolog-nifty.com/blog_my/2005/05/post_c78d.html

まあ、気分を取り直し、出かけることにする。日本を発つ前に、仕事をひとつ依頼されていたので、めんどくさいことはとっととすませることに。電話してアポ。せっかくだから同行T氏も連れて、Phu Nhuan区にあるNGO事務所に向かう。

夕食はバインセオのうまい店に。ガイドブックには46A Banh Xeoが出ているが、混み合っているので、その向かいの49Aへ。こちらの方がリラックスして食べられるのだ。ベトナムがはじめてとなるT氏は、香草や辛いものが苦手のほか、結構な偏食漢。まずは、ちゃんとしたレストランで、ベトナム食はじめと考えていたが、T氏は結構乗り気。でも、「うまいうまい」と何でも胃袋に収める様子を見て一安心です。

リンと夫のピーター
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ベトナム:友人Tを連れて2

成田は遠い。午前5時に起床、東横線で横浜駅に向かう。これまでは成田エクスプレスを使うことが多かったのだけど(もしくは日暮里から京成スカイライナー)、YCATからのリムジンバスが結構快適なのを知り、最近はバスで成田に向かうことが多くなった。

しかも、キャセイのマイレージプログラム「アジアマイル」のポイントで片道無料券を事前にゲットしていたので、3500円×2人分を浮かすことができた。

YCAT6時10分発のリムジンバスは、成田に7時40分に着。空港の敷地に入る前に、乗客全員のパスポートチェック。結構異様なのだけど、電車でもチェックは受けるのだから、まあ同じことですな。

成田空港でもお決まりのように、そじ坊で天ぷらそばを食す。これが最後の日本食なのだ。今回の往路便はJL5133/VN951のコードシェア便で、機体はベトナム航空のBoeing777。フライトアテンダントは、もちろんアオザイである。

機内食とともに333を飲み、前夜の睡眠時間が1時間しかなかったせいで、1時間ほど眠り、ちょっと起き、また眠りの繰り返し。睡眠のつまみ食いってところだ。

タンソンニャットにはほぼ定刻どおり14時半前に着陸。入国も問題なくすませ、空港前からファムグーラオやデタム通り界隈を走る路線バスに乗り込む。定額2000ドンなり(16円弱)。タクシーよりずいぶん安いし、車高があるので、外の景色も眺められる。しょっぱなからローカルな環境にT氏をたたき込むのです。

車内は僕とT氏のほか、もうひとり日本人男性が1人。あとはベトナム人。彼は『地球の歩き方』を眺めつつ、後ろに座っていたベトナム人女性に「このバスは○○へ行くのか?」と英語で訪ねている。彼女は親切に「そこには行かないけど、あなたはどこに行きたいのですか?」と聞いてあげているのに、半ば無視。別のベトナム人男性にも「このバスはビッグ・メルセデスベンツ・ショールームに行くのか?」と訪ねている。行き先も分からず、乗り込んできたのかなあ。

同胞が困っているのだと思い、助け船。「どこに行くのですか?」と僕が尋ねると「ベンタィン市場」とだけ、そっけない返答。半ば無視されたので、僕も相手にするのをやめた。が、なんと、彼は僕らと同じデタム通りで降り、ファムグーラオ通りと並行してある安宿街ブイビエン通りをすたすたと歩いて行くではないか。さらに後日、ベトナム人女性を連れ立って、歩いているのを目撃。なんなんだろう、この人。はあ…。

僕の定宿であるファムグーラオのはずれにあるゲストハウスには16時過ぎに到着。3階の通りに面したいい部屋を確保できた。1泊20ドルと、この界隈では高めの料金だけど、朝晩の飯は食い放題だし、コーヒーやジュースも飲みたいときにただでもらえる。それに、ゲストハウスのスタッフに愛嬌があって気に入っている宿だ。

タンソンニャットはまだまだ拡張工事。日本のODAらしい。
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2005/12/29

ベトナム:友人Tを連れて1

今回の旅は中学以来の友人T氏が道連れ。静岡に住む同行T氏は、最終新幹線で新横浜に降り立った。

僕の旅は毎回、前夜に行きつけのバーで一杯やることから始まる。旅の安全を祈願してグラスを傾けるわけだ。20代のころは、2日酔いになるまで飲んで、翌早朝、重たい頭を抱えて空港に向かうなっんてこともやっていたのだが、そろそろ体調にも気をつけたい年齢にさしかかり、合流したT氏ともども2、3杯でやめとくことにする。

カティーサークで上向き気分、ボウモワでほろ酔い、酔い覚ましにコロナビール。

とかなんとか言ったって、帰宅したのは午前2時過ぎ。終電も逃したので、1駅分歩いて僕のアパートの部屋に。とっとと寝りゃいいものを、なんだかんだで就寝は4時を回っていた。やはり酔狂は治らないか。

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旅の本

旅の本とは、旅に持って行く本のこと。どれを携帯するか悩むのも、また旅の楽しみ。

候補は2冊。岸谷美穂著『イラクの戦場で学んだこと』(岩波ジュニア親書)と下川裕治著『香田証生さんはなぜ殺されたのか』(新潮社)。

冒頭をちょっと読んでみると、双方ともおもしろそうだ。旅に携帯するには、新書の前者に分がある。ただ、筆致として政治経済の話がメーントーンの気がした。後者は旅人の心に迫る内容だ。ちょっと重たいが、今回は後者に決めた。著者も旅の先達だしね。

僕はこの旅で何を思うのだろう。では、ベトナムに行って参ります。

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2005/01/11

鳥インフルエンザ、ベトナム南部で死者

朝日新聞(1月11日付朝刊)によると、ベトナム南部タイニン省の16歳の女性が8日、鳥インフルエンザH5N1型に感染して死亡したとある。2004年1月以来、23人目の死者。鳥インフルエンザの症状を見せていた鶏に直接触れていたそうだ。

今年のテト(旧正月)は2月9日。鶏の消費も増えるだろうから、心配だ。

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