引き続き余談です。ちょっと長めの余談です。
ウガンダのボダボダとベトナムのセオム、どちらともバイクタクシーのことをいいます。市街の渋滞時にはクルマの隙間をぬって走るので便利ですが、事故の危険があることと、料金交渉をしなくてはならないことも共通しています。
ウガンダとベトナム、さいわい事故にあったことはありませんが、ベトナムでは何度か料金交渉でトラブルを経験しています。いまでは、未然に防げるようになりましたが。
ベトナム語が分かってくると、ベトナム通貨のドン($1=約16,500VND)で10,000や15,000など細かい交渉も可能になるのですが、ときどき、10とか15を、VNDで10,000や15,000のつもりが、USDで10だ15だ!などとトラブったりします。英語下手だとばれると、古典的な15(フィフティーン)を50(フィフティー)と誤魔化そうとしたりってのもあります。
しかし、今回のウガンダ取材では、ベトナムの詐欺まがいの行為が何とも小賢しく思える経験をしました。バイクタクシーのボダボダで市街地から居候宅に帰ったときのことです。
料金交渉は、ウガンダ通貨のシリング($1=約1,600ush)で当初3000ushだったのを値切って、2,000ushで合意していたのです。しかし、到着すると運転手は僕に尋ねるのです。「お前は神を信じるか?」と。「いや、僕は仏教徒なんですが…」(教典は手塚治虫作だとは説明せず)。
「それはお前の理解が足りない。神は我々を平等に創りたもうた。肌の黒白はあるが、精神は同じだ。ジーザスは偉大なのだ。云々かんぬん、エトセトラ」。延々と語り始めます(「いや、僕はモンゴロイドで…」などとは言い返しません、話が複雑になりますから)。
僕は結構鈍感なんで、何でこんなところで、宗教論争をしなくちゃいけないのか、???状態が続くこと数分、そしてやっと「!」ときました。すでにウンザリしていた僕は、ちょっと意地悪な質問をしました。
「ところで、なんで突然、神の話をするんだい?」
すると相手は、一瞬不意打ちをくらってか、ちょっと言いにくそうにして、「オレはここにたどり着くまでに、何度か人に道を尋ねて、お前のために尽くしたのだ。持つものは持たざるもののために何かをなすべきものだ」と。
ここまで回りくどいと、逆に面白い経験をさせてくれた「神」に感謝してしまいます。500ushをプラスして「ゴッド・ブレス・ユー」。
さて、数週間後の帰国時、ホテルから空港までスペタク(スペシャルタクシー:料金交渉の必要なタクシー)を使ったときのことです。ホテルでは、$25もしくは40,000ushで呼んでもらったので、安心して空港に到着すると、運転手は、50,000ushにしてくれと言い出します。
そこで、ちょっと意地悪に、次のひと言を。
「神は約束を守るものを、救いたもう」
すると運転手、がっくり悲しそうな表情になってしまいます。そこで、僕の重たいトランクも運んでもらったし、チップをおまけしてあげることに。
信仰とは難しいものです。
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