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2006年1月

2006/01/29

謹賀新年 Chuc mung nam moi

今日はテト。旧正月です。なんとか年賀状も出しました。今年もどうぞよろしく。

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ベトコンラーメン

この年末年始、僕とともにベトナムに同行した友人T氏から昨年末、次のような写真が添付されたメールが送られてきた(写真提供:T氏)。Pepsi Cafe Daに驚いている場合ではないのです。

その名も「ベトコンラーメン」。静岡県藤枝市にあるそうな。ベトコンラーメンを食したT氏の報告によると、店内の様子からベトナムとは関係なさそうだが、普通においしかったそうな。いい意味で期待を裏切られたとか。

でもどうしてそんな店名にしてしちゃったんでしょ。解明したい。

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2006/01/26

ベトナム土産 Pepsi Cafe Da

こんなのもあります。Pepsi Cafe Da(ペプシ・カフェ・ダー)、アイスコーヒー入りペプシです。ベトナム人はどんな発想してんでしょ。でも、発売はペプシなので、考えたのは同社でしょうか。

僕が1月1日、メコンデルタ1日ツアーに行ったときに日本人ガイド氏に、その存在を教えてもらいました。ツアー中の昼食時に買って飲んでみましたが、ペプシとコーヒーを混ぜた味がします。ただそれだけです。

ちょっとおもしろいので、定宿近くのコープマートでお土産として購入。たしか3800ドンだったと記憶しています。他の缶ジュースに比べ品薄で、僕と同行T氏が買い占め、陳列棚では品切れになりました。帰国後、成田空港から友人A氏に送りつけましたが、感想や如何に?

でもどうしてわざわざ「Cafe Da」なんでしょう。つまり、ペプシなんだから「アイスコーヒー」なのは当然で、「わざわざ「Da=アイス」としなくても…。まさか、温かいPepsi Cafeがある!?(たぶんないと思いますが)。

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2006/01/25

ジャーナリスト宣言?

言葉は
感情的で、
残酷で、
ときに無力だ。

それでも
私たちは信じている、
言葉のチカラを。

「朝日新聞」1月25日付の全面広告より。創刊127周年ということで、制作されたらしい。背景には9.11のときのものと思われる、消防士が両手で顔を覆って座り込む写真が全面に使われている。

う〜ん、せめて自分とこの記者が撮った日本の写真で表現できなかったのかなあ。さらに、この写真は上記の言葉とは違うメッセージを伝えているのではないかな、とも感じる。忙しい朝の時間帯に、通勤電車の中で、ページをめくる手を止めてもらうには、抜群に印象的な写真ではあるけど。

どうせなら、背景は何もない方がよかった。

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まだ雪が残ってます

帰宅電車の中からモブログです。だんだん早く帰れるようになってきた。早く帰って年賀状を書かねば!

まだ年賀状を1通も書いてないのです。いまさらって感じですが、やはり不義理はいけないのです。もう遅い?

タイミングが問題です。妙なときに出すとタダのアホなので。頃合いとしては旧正月か。テトです。

今年2回目の正月です。うれしいじゃないですか!なんてこと考えてるのは十分変わり者と自覚はしてます。ご安心を。

写真は国会通りにある新生銀行本店前。クリスマス前から夜はこんな感じです。060125_22370001.jpg

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2006/01/23

多忙につき更新滞ってます

こんなに忙しくていいのか。先週は毎日ほぼ終電。金曜日は仕事で帰宅が午前5時ころ(もう日付が替わっているよ)。タクシーで川崎あたりを走っていると、雪になってきた。今冬はじめての雪ですね。雪の降らないところで生まれ育ったせいか、雪には素朴なあこがれもあるのだけど、やっぱ寒いのは嫌です。

土曜日は雪がまだ降るなか、東京・千石(巣鴨の隣)までNGOの仕事で馳せ参じ、そのまま巣鴨界隈で飲んだくれ。日曜日は、雪がまだ路面に残るのに、埼玉の新婚友人宅にきりたんぽ鍋につられて行って参りました。ウコン錠剤が手放せません。

雪がまだ降る巣鴨近く。1月21日
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2006/01/18

鳥インフルエンザ

産経新聞ネット版からです。

鳥インフルエンザ、ベトナムは沈静化の兆し WHOが対策評価:
http://www.sankei.co.jp/news/060118/kok074.htm

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2006/01/15

サイゴン・バンコク国際バス

ホーチミン(HCM)市とタイのバンコクを結ぶ国際バスが2月、運行を開始するとの情報。HCM市とカンボジアのプノンペン間を走る国際バスが、バンコクまで到達する計画。

これは朗報か。バスでサイゴンからバンコクまでプノンペンを経由して行くだけでなく、オープンチケットがあるのなら途中下車の旅もおもしろい。アンコールワットのあるシェムレアップを経由するのか、または最短経路のバッタンバンか。いずれにせよ、東南アジアを旅する楽しみが、増えたことには違いない。

欲を言えば、タイのバンコクらアランヤプラテートまである鉄道が、カンボジアのバッタンバン・プノンペンを結ぶ路線に接続し(かつては国際列車が走っていたそうな)、さらにベトナムのサイゴンまで到達するなら、旅行者だけでなく、物流の面でも効果があるでは。

VIETNAM SKETCH:ホーチミン−バンコク国際バスまもなく登場
http://www.vietnam-sketch.com/news/060112035827.html

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さかのぼる旅日記「ベトナム:友人Tを連れて」

そろそろ、「さかのぼる旅日記『ベトナム:友人T氏を連れて』」を開始します。この年末年始のベトナム旅行の記録です。ほとんどサイゴン界隈におりましたが、スケジュール満載の忙しい旅でした。これまでの旅はたいてい、最低でも1週間は確保していたので、今回の5日間の滞在で同様の満足を得ようと欲張ると、やはり忙しいのです。やっぱ旅はせめて2週間はほしいですな。

もちろん今回もベトナムに癒されて来ました。はじめての海外旅行となる同行T氏にいろんなところを見てもらおうと考えていたのだけど、やはり時間の制約もあって、もうちっとディープなところに案内したいと思いつつ、行ったり来たり。でも、T氏もそれなりに満足して、ベトナムを好きになってくれたようなので、目的は達成できたのかな。

この記録は「さかのぼる旅日記」なので、2005年12月29日から始まります。順次公開しますから、さかのぼって見てください。

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2006/01/14

発掘された不滅の記録1954−1975 [VIET NAM ベトナム] そこは、戦場だった

東京都写真美術館は1月14日から2月19日まで、写真展「発掘された不滅の記録1954−1975 [VIET NAM ベトナム] そこは、戦場だった」を開催する。以下は同美術館HPより。

ベトナムは抗仏戦争(第1次インドシナ戦争)を戦い、1954年に解放されます。 しかし、ジュネーブ協定では南北に分断されました。そこから始まった分断国家の悲 劇はアメリカが介入したベトナム戦争へと続き、激しい戦闘が繰り広げられました。 1975年、北ベトナムと南ベトナム解放戦線が、当時の南ベトナムの首都サイゴン (現ホーチミン市)に無血入城して終幕を迎え、統一が実現したのです。その間、多 くの命が犠牲になりました。米軍の死者だけでも5万人を超えています。ベトナム人 にとってもその後の復興の道のりはとても険しいものでした。  しかし、この戦争は戦争報道という面から、歴史上例を見ないほどの量と質の報道 がなされました。世界中から多くの報道関係者がベトナムに集まり、命を賭して最前 線へ赴き、筆を走らせシャッターを押したのです。そこからピュリツァー賞をはじめ 多くの賞を得ました。その作品の数々は30年以上を経ても決して色あせることがあ りません。それは、ジャーナリストが真正面から戦争というものを見つめ、報道した からにほかなりません。今、改めてその成果を見つめ直し、その後も地球上からなく ならない紛争の愚かさと悲惨さを再認識させる展覧会です。  今回の展覧会ではあまり紹介されることがなかった北ベトナムの写真家が撮った写 真を多数発掘し展示します。北ベトナム側のカメラマンの死者が200人を超えてい たことも分かりました。南ベトナム側の写真の中からは日本人やアジア人の代表的写 真家にしぼり写真を展示します。南北両面からベトナム戦争を見つめ直す画期的な展 覧会です。戦争とその場に立ち会わざるを得なかった人々の姿を余すことなく伝えま す。

東京都写真美術館
http://www.syabi.com/

asahi.com:北ベトナムカメラマンの写真を発掘 「VIET NAM〜ベトナム」展、東京都写真美術館で
http://www.asahi.com/event/TKY200601130158.html

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2006/01/12

ベトナム政府公式サイト

ベトナム政府が10日、公式サイトを立ち上げたそうです。全国各省や市の情報も掲載されています。

政府公式サイト
www.vietnam.gov.vn
www.chinhphu.vn

VIET-JO:ベトナム政府、公式ウェブサイト開設
http://viet-jo.com/news/politics/060112092304.html

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2006/01/11

ショック! ニコン、フィルムカメラ事業を縮小

ニコンがフィルムカメラの事業を縮小するとのニュース。ショックです。デジカメ全盛の昨今、仕方ないのか。

僕は昨年末、中古でF100を買ったばかり。これまでMFで奮闘していたけど、表現の幅を広げるため、導入したAFだった。そのF100も製造が中止される。今後、中古市場の価格が高くなるのかなあ…。


ニコン:フィルムカメラ製品のラインアップ見直しについて
http://www.nikon-image.com/jpn/news/info/info060111.htm

NIKKEI NET:ニコン、フィルムカメラ事業を縮小・デジカメに集中
http://it.nikkei.co.jp/pc/news/index.aspx?i=20060111da008da

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2006/01/09

メコン川の養殖魚大量死:細菌発生が原因

Viet Joより続報というか関連記事でしょうか。


メコン川の養殖魚大量死:細菌発生が原因

1月6日、ドンタップ省農業開発局ズオン・ギア・クォック副局長、は、カオ・ラン(Cao Lanh)地区の死魚の数は、序々に減少してきていると発表した。
 
カントー大学の解剖結果によると、川で死んでいた魚の多数がEdwardsiellaictaluriという細菌により、肝膿瘍を起こしていた。また、カオ・ラン地区の養殖魚の死因は、Aeromomassobriaという細菌による、肝膿瘍と眼内出血であった。
 
専門家たちは、魚の病状改善には、フルオロキノン(Fluoroquinolone)系の薬剤を投与する必要があるとの見解を示しているが、同薬は、2005年8月から水産省によって、使用を禁止されている。
 
トゥ・タン・ユン修士は、「水産省は、依然として、カントー大学の調査結果で出た薬に代わる薬剤を明示していない。それならば、使用許可のあるフロフェニコール(Florfenicol)剤又は、ドキシサイクリン(Doxycyline)剤を使用すべきである。同薬は高額で、効果が表れるまで多少時間がかかるが、食品の安全と、輸出品の品質は保証できる」と話している。 [2006.01.07 Tuoi Tre紙 ]

http://viet-jo.com/news/social/060109012101.html

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メコン川で水質汚染?

今回、ベトナムを旅したときにサイゴンで会ったNGOで働く日本人女性から忠告を受けた。「最近、ベトナムの川で汚染が発生しているようなので、川魚などは気をつけて食べてくださいね」。気をつけてくださいって言われてもなあ…。鶏も駄目、魚も駄目では……。食の楽しみが、全滅ではないですか! などと叫んでも、実はちゃんと食べてきたのですが、それはまた後日。以下は、Viet Joからの転載。


メコン川:養殖魚の大量死続く、水質汚染が原因か

メコン川流域(ティエン河流域:ティエンザン省 / ハウ河流域:アンザン省)で、養殖魚(Ca Dieu Hong)やエビの大量死が続いている。養殖魚の大量死が見つかったのは、ティエン河に架かるラック・ミエウ橋から下流へ下ったタンロン地区(ティエンザン省ミトー市)や、ハウ河流域に点在する集落(アンザン省ロンスエン市)など、養殖業が盛んな地域だ。

地元のある養殖業者は、養殖を始めたばかりなのに、すでに例年の倍の魚を失ってしまった。1ヵ月後の出荷はどうなってしまうのだろうと、不安を隠せない。また、ある養殖業者Tは、「年々、川の汚染はひどくなるばかりだ。我々は、川がきれいになるまで数ヶ月休業していたのに、再開し始めたら、この通り魚が大量死した。1996−1997年は15%−20%だった魚の死亡率が今は50%まで上昇している。」と失望を表している。地元住民は口々に、なぜこんなことが起きたかわからないが、恐らく川の水質汚染が原因ではないか、と話す。
 
ティエンザン水産資源保全支局のある幹部の話では、川の水が汚染されている時期の一時的な養殖停止や、魚への抗生物質投与、養殖網の掛け方など、大量死予防策を地元住民に常日ごろアドバイスしていたが、大量死は防げなかったという。他方、アンザン省漁業連合会長は、魚の大量死の原因は、狭い養殖所での過密な養殖、乾季であることなども考えられ、水質汚染が原因とは限らない、との見解を示している。アンザン農業開発局のグエン・ヴァン・タイン副局長は、政府は債券を発行して、河川の灌漑整備を進めると同時に、早急に養殖業従事者が安心して従事できるように養殖規定を設けるべきだと意見を述べた。この問題は、地元住民にとって死活問題であり、政府の早急な対応を願うばかりである。 [2006.01.03 Tuoi Tre紙]

http://viet-jo.com/news/social/060104123300.html

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2006/01/08

ベトナムの地図検索

Google Mapなどネットで地図の検索ができるようになり便利だったり、おもしろかったりするのですが、ベトナムに関しては、同サービスではほとんど役に立つ精度は望めない。そんなところにベトナム製地図検索ページが登場。まあ、ちょと試してみたところ、そんなに詳しい地図は得られないけれど、概略はわからなくもない。

ベトナムでもウェブ上で道案内、地図情報検索サイト登場[2006年1月2日 Tuoi tre quang cao]
http://viet-jo.com/news/life/060103124521.html

VINAHOMES.COM
http://www.diadiem.com/

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2006/01/07

JVJA年次報告会「そして問う、この国の過去(いま)」開催

【転送・転載歓迎】

JVJA年次報告会「そして問う、この国の過去(いま)」

2006年1月13日(金)
文京シビックホール・小ホール
http://www.b-civichall.com/

開場18時30分 開演18時45分〜21時15分
入場料 1,000円
※予約不要、一般の方も参加できます。

主催:日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
http://www.jvja.net/
(ホームページよりチラシがダウンロードできます。)

9・11のテロ事件以降、JVJA会員は世界中の「反テロ戦争」の現場に赴き、テロとの戦いという美名のもとに自由や尊厳を脅かされる人びとの姿を報告してきた。こうした世界の潮流と国家主義へ向かう日本の動きは切り離せない。いまここで、私たちは足元を見つめ、日本の現在を問う。その第一歩となる報告会にしたい。

第1部 「JVJA会員一年の報告」

広河隆一〈チェルノブイリ〉・古居みずえ〈パレスチナ〉・佐藤文則〈ハイチ〉・豊田直己〈アチェ〉・林克明〈チェチェン〉・綿井健陽〈イラク〉

第2部 「そして問う、この国の過去(いま)」

山本宗補 「老いの風景から見た日本とは」
http://homepage2.nifty.com/munesuke/
 大人も子どもも善悪の価値観を喪失した時代に、「老い」を伝えることは、個々の「尊厳ある生き方」や「命のいとおしさ」を伝えることにほかならない。

土井敏邦 「従軍慰安婦」
http://www.doi-toshikuni.net/
 北朝鮮の拉致問題で「被害者・日本」のイメージが流布される中、日本の植民化や戦争のため人生を奪われた韓国の元従軍慰安婦の半生を伝え、日本の加害性を改めて問う。

森住卓 「水俣」
http://www.morizumi-pj.com/
 水俣病の公式発見から半世紀。04年最高裁は国と熊本県が汚染の拡大を防がなかった責任を認めた。だが、いまだ多くの人々が沈黙を強いられ、苦しみ続けている。

八重樫信之 「らい予防法の傷跡ー日本・韓国・台湾」
 これまで10年間、日本国内と、韓国、台湾併せて15のハンセン病療養所を取材した。「らい予防法」によって人生そのものを奪われた被害が共通していることを、強く感じる。

〔問合せ〕 
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)事務局
TEL 090-6101-6113 FAX 03-3252-7651
E-mail : Office@jvja.net URL : http://www.jvja.net/

[会場へのアクセス]
文京シビックホール・小ホール
http://www.b-civichall.com/
●東京メトロ丸ノ内線 後楽園駅4bまたは5番出口【徒歩3分】
●東京メトロ南北線 後楽園駅5番出口【徒歩3分】
●都営地下鉄三田線 春日駅
●都営地下鉄大江戸線 春日駅(文京シビックセンター前)文京シビックセンター連絡通路【徒歩3分】
●JR中央・総武線水道橋駅【徒歩8分】

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2006/01/04

ベトナムから帰国

本日早朝、ベトナムから帰国した。現地滞在が実質4日間という短い旅だったが、はじめての海外旅行となる同行T氏もベトナムを好きになってくれたようだ。超過密スケジュールのなか、そう若いとはいえない年齢にさしかかっている我々だが、体調を崩さなかったのが幸いだ。

しかし、腹痛が現在進行中だ。帰宅後、仮眠して起きたらこの有様。寒さにやられたか、明日からの仕事のことを考えたからか、日本という環境にストレスを感じたのか…。T氏はどうだろう。

これから期日をさかのぼって、現地の様子をアップしていくので、よろしければご覧ください。ほんとは現地からリアルタイムで投稿したかったのだけど、毎晩、そんな体力は残っておりませんでした。ふう。

今回の旅に携えていった下川裕治著『香田証生さんはなぜ殺されたのか』(新潮社)も帰宅途中の東横線の中で読了。旅するってことを、またどこか見知らぬ国を歩きながら考えたい。

asahi.com:香田証生さんはなぜ殺されたのか [著]下川裕治
http://book.asahi.com/review/TKY200512200303.html

2006年の初日の出。サイゴン川のほとりから。
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