« 報道の自由度158位 | トップページ | ベトナムの人びと6:ホイアンの市場 »

2005/11/01

戦争から平和の創造へ

京都新聞(インターネット版)11月1日付にベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員のアレン・ネルソンさんの記事が出ていた。

--
「戦争はゲームじゃない」 東近江市・船岡中 元米兵が講演

滋賀県東近江市の船岡中で31日、「平和学習会」が開かれ、ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員のアレン・ネルソンさんが生徒たちに、自身の戦争体験や平和への思いを語った。

同中は毎年、平和学習会を開いており、今年はPTAと共催した。アレンさんは1947年にニューヨークで生まれ、66年から約1年間ベトナム戦争に従軍した。退役後は戦争後遺症で精神的に苦しみ、現在は米国や日本で平和を訴える講演活動を行っている。

学習会には、全校生徒や保護者たち約300人が参加した。アレンさんは戦地のジャングルで死体を探した体験などを話し「戦争は、ゲームじゃない。非人間的で残酷なことだと知って」と訴えた。また、戦争放棄をうたった日本の憲法九条の大切さを説き「世界平和はみんなの願いから生まれる。すべての暴力を取り除くために支え合いましょう」と締めくくった。
--

ネルソン氏は何度か来日し、戦争の悲惨さを訴えている。以下は1997年に横浜で行われた、報道写真家の石川文洋氏との対談です(僕が当時、運営していたHPからの再録)。


対談「戦争から平和の創造へ」 石川文洋 & アレン=ネルソン

 戦場で人を殺すにはルールはないのです

アレン=ネルソン(以下、N):海兵隊で訓練を受けました。実際は戦場に行くときには興奮していましたが、現地は想像していたものとは全く違っていました。戦場で人を殺すにはルールはないのです。殺した人、死んだ人の数を数えなくてはなりませんでした。男、女、老人、子どもを分類し、バラバラになっていたら、吹き飛んだ部分を集めて、なるべく元通りの形にしなくてはなりませんでした。
 戦争で苦しむのは兵士だけではなく、女の人や子ども、老人など無実の人々が苦しむのです。村への攻撃が終わると、避難していた女性や子どもが村に戻ってきて、肉親の死体を見つけてヘナヘナと地べたに崩れるのを戦場で目撃しました。思い出すのは、死体のにおい、それに群がるハエ。それらの臭いは映画からは伝わってきません。同僚の海兵隊が死んだとき、彼の母親が息子の死を知らないことを思うと悲しくなりました。
 子どもの泣き声が聞こえたことがありました。2、3日も飲まず食わずで道ばたに転がっている赤ん坊をよく目にしました。子どもは、戦争のあるなしに関わらず生まれてくるのです。ベトナムで見た光景は、30年前のこととは思えない、つい昨日のように思えます。戦争は対個人のものではなく、敵に対する計算された冷酷な行為なのです。犠牲者は、戦争の被害者(老人や子ども、女性)だけでなく、兵士もその一人なのです。帰国しても、正常に生活できず、家庭生活を営めないこともありました。

 ベトナムには壊れた家庭はなかった

石川文洋(以下、B):ベトナムに行くとき、何のために行くと思いましたか。
N:戦争に関しては、映画や大人の話から戦争に行くことは名誉でありエキサイティングな冒険だと思っていました。
B:アメリカは何のために戦争をしていると思いましたか。
N:アメリカで育ち、共産主義=「悪」と思っていました。「ベトナム人は民主主義を望んでいるのに、共産主義に侵されている」とテレビでも高校でもそう教わりました。
B:上官から教わり、実際にベトナムに行き戦い、農村でベトナム人の生活を見て、この戦争は共産主義と関係があったか、ベトナム人は共産主義者であると思いましたか。
N:軍事的訓練では「敵は人間ではない」と洗脳されたことで、ベトナム人を人間と見れず、戦場に赴いた初期はベトナム人の顔も覚えていません。「ベトナム人」とは呼ばず「グーク」と呼び、それは母親もおらず、Human being ではありませんでした。
B:村が攻撃されると、解放戦線を組織として見た場合、共産主義の宣伝をしているが、南ベトナムの場合、アメリカ側から見て共産主義側である完全解放区と、サイゴン政府軍の支配している地域、また、中間地帯として、昼間の間だけサイゴン政府軍が都市と主要幹線道路を支配しているが、夜になると政府軍は入って行けない競合区がありました。競合区は実は、解放戦線側が圧倒的で、アメリカ軍は「サーチ・アンド・デストロイ作戦」で動きますが、解放戦線は村と一体となっていました。ベトナム人は、農村では攻撃があるので自分の村を守ろうとします。私は最初、従軍を1か月ほどして、もうアメリカは勝てないと思いました。アメリカ軍が攻撃をすると、解放戦線は村の中に隠れてしまう。米兵が捜して捕まえて拷問する。それを見ていると、村に住んでいれば解放戦線側になってしまう。米兵は何も知らないので、村の人を解放戦線側と見てしまう。村を攻撃すれば、敵を増やすばかりなのです。
 村は貧しく、電気もなければ、家具もない。アレンさんも貧しかったが、ハーレムなどの貧しい地区に住んでいても水洗トイレも冷蔵庫もあった。ベトナムには何にもない。共産主義が支配していたのでベトナムには何にもないのだといわれていましたが、ベトナムとアメリカの貧民街のどちらが貧しいと思いましたか。
N:ベトナムの民家に入ったことはありませんが、見た限り民家の中でネズミが走っていることはなく、きれいでした。アメリカの貧困とは違い、ベトナムには田畑がありや鶏もいました。ベトナムには壊れた家庭はなかった。アメリカでは家族を養えなくて父親が逃げてしまうのです。
B:アメリカは、ベトナム人が貧しいのは共産主義の仕業だと言っていましたが、メコンデルタでホタルが飛んでいるのを見ながら酒を飲んでいると豊かさとは何かと考えさせられます。ベトナムに行くと自然があった。物質的には貧しいけれど、人々の心は豊かであった。アレンさんはベトナム人に客として招かれたことはなく侵入者のアメリカ兵でした。私が、従軍するときの軍服ではなく私服で民家を訪れ、ヌクマムの料理をご馳走になったのとは違います。
 しかし、アメリカ人の指導者の中にはエリートの家庭で育った人もおり、アレンさんとは違った思いで見ていたかも知れない。ベトナムに派兵された米軍の中には黒人兵がたくさんいました。とくに前線に多かったのですが、それはなぜでしょう。軍の中で差別はどうでしたか。
N:ベトナムでも常に差別はありました。アフリカ系アメリカ人は、白人よりも危険な時間を過ごすことが多かったのです。海兵隊の80-90%が労働者階級であり、豊かな人は大学に行って、ベトナムに行くとすると文化人類学者か社会学者として行くことがあるだけです。人種差別もありました。大学に行くこともできず、軍隊に入るしかなかったのです。
B:1個師団の中では社会が組織されており、情報将校はデスクワークで、前線に出ていくのは50-60%です。沖縄のような後方基地がないと戦争はできません。そこでは事務能力が必要になります。米兵でも十分な教育を受けられない黒人は軍隊に入っても、そういうことができないので、前線に出されてしまう。アメリカの縮図なのです。プエルトリコ系や英語が話せないグループもいました。

 本を閉じ物語は終わりにしよう

N:石川さんのベトナム戦争観はたいへん興味深いが、外から観察する者と、内側で子どものころから軍は国家のために尽くすというプロパガンダの下で育った者とは、見方が違います。原爆も戦争の再発防止であると教育されてきましたが、それはウソであるとはっきりしました。朝鮮戦争やパナマ、グラナダ、湾岸戦争などを見てもそれは明らかです。ベトナム戦争後期では、ベトナム人に同情するようになった私たちも抑圧された側なのです。
B:ベトナム帰還兵が、米国民から冷たい目で見られていた時期がありました。その時の状況と、最近、ベトナム戦争は正義の戦争であったと言われるようになりましたが、その変化はどこから来ているのでしょうか。
N:ジャングルに入っていったあと、私は勝てないとわかっていました。訓練では、戦争が正当かどうか判断するのではなく、命令に従うことをたたき込まれました。アメリカは自身の望む政府を持とうとするし、ベトナムでもそれを求めました。米兵はベトナムで、友人以外に失う者は何もありませんでした。得るものもなにもなく、望むのは生き残ることだけでした。あとあとで、正当だったか否かをわかるようになったのです。
B:市民や政府にはどんな影響がありましたか。
N:ベトナム戦争のような戦争はもう起きません。ベトナム戦争は、カメラマンが入り込むことができた戦争であり、戦場の様子が米国民に伝わり、この戦争は受け入れられないと米国民は思いました。湾岸戦争では、カメラクルーが戦地にはいることは許されませんでした。海兵隊が遺体になって戻ってきて、初めてわかったのです。湾岸戦争を正当化したくても、そうはできない状態になりました。メディアを通してわかっていったのです。初めは強硬派がいましたが、後期はそんなこともなくなっていきました。今は、政治家も市民も、もう繰り返そうとする人はいないはずです。もう本を閉じ物語は終わりにしようということなのです。

 質疑応答

会場:現在の米国で、ベトナム戦争はどうのように教育されていますか。
N:かなりサラッと教えています。今の子どもたちの生きている時代ではなかったので、子どもたちの反応はわかりません。ときどき、講師に招かれて感じるのは、対価の高い間違った戦争だったと思われてること。
会場:アメリカがまた同じ戦争を起こす可能性はありますか。
N:アメリカは今後も世界の紛争に関与していくでしょう。ただし、長期間ではなく短期で、ハイテクで破壊力の強い数週間の戦争になるでしょう。
会場:戦争は、人間の生まれ持った攻撃的性格ゆえなのでしょうか。
N:Human being は本質的に人を殺す性格ではありません。戦争は人種差別がもとになっています。相手を人間と思っていないからです。
B:私は、アレンさんとは逆で、人間は残酷で人を殺す性格を持っていると思います。戦争が人を変えるのではなく、人間が本質に戻っていくのだと感じます。中国の日本軍は農村出身の素朴な青年が多かったのですが(米兵も素朴な青年でした)、戦争だと人を殺していくのです。
N:人間には生きたいという本能があり、家に侵入者がいて、愛する人を殺そうとすれば、その侵入者を殺そうとするかも知れません。しかし、軍隊は別で、軍の教育で人を殺す32種類の方法の訓練を受けました。
会場:差別される黒人が、アジア人を、ベトナム人を差別することはありませんでしたか。
B:沖縄でもありますね。少女暴行事件は黒人が犯人でした。沖縄での黒人兵の犯罪は、今でも起きています。それはアメリカの貧困や教育差別に基づいています。どうして差別されている黒人がそういうことをするのかと沖縄でよく言われます。
N:軍事主義と人種差別主義者がよい兵士であるとされています。そうであればこそ、人を殺せる、他人を差別することができるようになるのです。黒人だけではなく、白人も同じようなことをしていますが、あまり表に出てきません。法廷に出てくることもありません。黒人にも責任があるのはもちろんですが。
会場:軍隊では共産主義は「悪」と言っていたそうですが、現在は共産主義についてどう思いますか。
N:アメリカ社会はキリスト教義に基づいて構築されていて、共産主義は人間の心のない、恐ろしいものと教わりました。現在は、私は、そうではなく、同じ人間だと思っています。人間は、イデオロギーや宗教、信条でかわるものではないと堅く信じています。それはベトナムで得た戦友との交流で学びました。レッテルを貼るのは、差別を増長させることです。

 戦争は人殺しであり悪

会場:米国の若者はベトナムに関して戦争映画や本で十分知らされていると思いますか。
N:映画や本からの情報は多くありますが、それはベトナムも苦しんだが米国も苦しんだという描き方で、米国が絶対的に悪い戦争であるというように描いたものはありません。私に言わせれば、戦争が絶対的悪であると思います。
会場:アレンさんの活動について教えて下さい。
N:いかなる理由があろうと、戦争は人殺しであり悪であります。戦争をなくすための活動をしていきたいと思っています。
B:日本は、三十年戦争の総括ができていません。アジアに対する政府の姿勢も、戦後50年でやっとでてきました。やはり、戦争は悪です。生命が一番大切であり、それを殺す戦争は悪です。戦争は、人々ではなく権力者によって起こされるのです。そして、犠牲者は一般市民です。交通事故のように自身は大丈夫と思っても、気をつけなければ起きるものなのです。以上、これまでの経験からの総括です。
N:ベトナムから生還でき、このように話せるのはたいへん嬉しいことです。みなさんが私の言うことに全て同意しなくても、戦争におびえることのない生活を構築すべきですし、軍を維持するための費用を教育などに向けるべきなのです。世界から戦争をなくすことに協力していきましょう。

石川文洋:報道写真家。1938年生まれ。65年から68年にかけて、ベトナム戦争にフリーランスとして従軍。69年から84年まで朝日新聞社に勤務し、ベトナム、ラオス、カンボジアの戦火のインドシナ半島を取材。現在はフリーに戻り活躍中。「戦場カメラマン」「ベトナムロード」他著書多数。30年間の集大成「写真記録ベトナム戦争」が96年出版された。(横浜アジアフェスティバルのパンフレットより)

アレン=ネルソン:1947年生まれ。アフリカ系アメリカ人(黒人)。ニューヨークのブルックリンの貧困地区で育つ。65年(18歳)に海兵隊に入隊。その後、沖縄のキャンプハンセンに駐留し、66年、ベトナム戦争に従軍。除隊後は、ボランティアとして平和活動に従事。現在、クエーカー教団のスタッフとして、貧困家庭の子供達のために勉学の場を提供している。(同パンフレットより)

|

« 報道の自由度158位 | トップページ | ベトナムの人びと6:ホイアンの市場 »

アジア」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/500120/16860460

この記事へのトラックバック一覧です: 戦争から平和の創造へ:

» 9条があってラッキー [chambre de yoshi]
6日、渋谷革新懇が主催してのアレン・ネルソン講演会が代々木で開かれた。 アレンさんは、元米海兵隊員。ベトナム戦争への従軍経験がある。「戦争とは何か?」「人を殺すとはどういうことか?」。実体験を元に、来日のたびに各地を語り部として行脚している。 アレンさんは、見たとおりの黒人さんで、母親一人の手で他の3人のきょうだいとともに育てられた。すなわち、米国を代表する「貧困層」の出身だ。 そんな彼は、海兵隊があこがれで、入隊したことを誇りに思った。厳しい訓練にも耐え、ベトナム戦争に従軍することも名誉... [続きを読む]

受信: 2006/03/11 14:45

« 報道の自由度158位 | トップページ | ベトナムの人びと6:ホイアンの市場 »