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2005年5月

2005/05/28

友人の結婚式

今日は友人の結婚式。場所は赤坂プリンスホテル。披露宴の受付を頼まれていたから、午前11時には会場着。隣のチャペルでちょうど2人の結婚式が執り行われる直前だった。緊張しつつも晴れがましさ一杯の表情を浮かべた新婦が、チャペルの扉の前で控えている光景はなかなか印象的だ。

披露宴には、前の職場の同僚(僕たちのこと)や、現職場の仲間、友人、新婦の関係者ら90人ほどが出席。司会は、新郎の友人で放送局のアナウンサー。絶妙な司会っぷりだ。厳粛というよりも、ちょっとコミカルなところがいい。

終盤には、キャンドルサービスではなく、2人がクッキーを配って回る。新郎と固い握手。僕もとってもうれしいのだ。彼がそこで僕に一言。

「いまマクナマラを読んでいるから」

こんなところでそんな会話しなくても…。でも彼らしいな。また酒を飲みながら、議論をしようとのお誘いと受け止めた。

その後、職場の仲間とコーヒーでも、といいつつ結局ビール。さらに場所を変えて、またビール。夜に帰宅したころには、すでに二日酔いの症状。

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2005/05/23

プール

近所にできたプールにやっと行くことができた。5月からオープンしていたが、なかなか通う時間を作れなかったのだ。数か月前に会員登録したスポーツセンターで、トレーニングマシンで汗を流したり、アリーナで様々なトレーニングをコーチしてくれるらしい。プログラムを見ると、ヨガ教室まである。でも、僕の目的はプールのみ。

これまでも一駅離れたところにあるプールに通っていたが、こんな近所に新しい施設ができたのだから、以前のプールは解約。僕が住んでいる沿線にはいくつかスポーツセンターがあり、それらは、今回新たにできたこの施設に客を奪われないよう、ここ数か月間、新聞の折り込みチラシでPR合戦を繰り広げていた感がある。

そのいくつかのスポーツセンターの中でも、僕がこれまで通っていた施設は老朽化が進み、会員も減少傾向にあるようだ。近所に住んでいたり、仲間がいる会員は離れていかないだろうが、新規の会員はどうしても新しい施設に目を奪われるのだろう。

さて、その新しくできた近所のプール。確かにきれいだが、1コースの幅が狭いのではないか。しかも、水泳教室が開催されている時間帯は、自由に泳げるコースが減るため、人口密度が高すぎる。次に行くときには、プログラムをチェックして、比較的空いている時間帯を選ぶことにする。

このスポーツセンターのすごいところは、各スポーツ施設だけでなく、風呂やサウナが充実している点だ(他の施設では当たり前?)。風呂は温泉をどこからか運んできているようだし、ジャグジーもある。銭湯代わりに使ったら迷惑だろうか。でも、プールのための出費が数千円アップしたのだから、その分の満足は得たい。

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2005/05/19

Pho

昼休みに「丸の内オアゾ」へ。1時間しかない昼休みだけど、探している写真集を求めて、職場近辺の本屋巡り。近所の2件には在庫なし。では、と地下鉄で丸善が入居する丸の内オアゾへ。

店内在庫を検索できる端末が調子悪いようで、1階の店員さんに写真集などがある3階へ探しに行ってもらう。でも、ちっとも帰ってこない。10分経過。やっと戻ってきたけど、在庫なし。ふう。

やば、もう12時50分だ。昼飯も食べてない。オアゾ内で目についた、Com Phoというベトナムのうどんを食べさせる店を選択。味も量もなかなか。もやしを好きなだけトッピングできるのがうれしい。しかも香草が交ぜてある。調味料もあるし。あとは、ライムがあればなあ。

しかし、何か違和感。店員がフォー↑ガー↑と上がり調子のアクセントで厨房に注文を伝えるのは、ご愛敬として、何故かフォ〜を食べている気がしない。まるで、ラーメンをすすっているような気分。

おそらく、高い椅子に座って食べるからなのだろう。銭湯の腰掛け程度のちっちゃな椅子に座って食べれば、ベトナム気分なのに。おしい。

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2005/05/15

交渉人 真下正義

はじめて聞いたときには、「公証人?」と聞き返してしまった。「踊る大捜査線」は映画版をテレビでしか見たことがなかったから、そんな映画があるとは知らなかった。どうやら世情に疎いというか、僕が得ている情報はそうとう偏っているのか。

結構な人気らしいので、念のためネットで座席を予約。なんと、最前列と2列目しか空席がない。ふらっと出かけていたら、座れなかったかもしれない。なんとか2列目に席を確保したものの、スクリーンを見上げるのは疲れるし、隅から隅まで視野に入らない。これが洋画だったら、アウトだ。字幕を読むのに、首を振らねばならない。

まあ席の善し悪しはおいといて、内容は思いの外、ハラハラドキドキで飽きさせず、十分楽しませる娯楽映画だ(でも、夏公開の「容疑者 室井慎次」の方が気になる。いや、予告編にあった「戦国自衛隊」の方が気になる)。もっとも気に入ったのは、登場人物が皆、仕事に誇りをもって臨んでいること。線引き屋なんて登場したり−ほんとにいるの? 僕は千疋屋と思って、何で果物????

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新聞記者講演会2

「札幌から ニュースの現場で考えること」--。北海道新聞社の高田昌幸記者が開設しているブログのタイトルだ。「実名でやっていますからすぐ見つかります」。新聞記者講演会でそう紹介されていたので、ググってみると一番上に表示された。

残念ながら、講演会の記事はないけれど、頻繁に更新しているし、トラバやコメントも多い。「おっかなびっくりで、ノロノロ運転」とご本人は開設時に書いているが、すでに活発な議論が展開されている。

高田記者は講演で、道警の嫌がらせだけでなく、当時の社内の雰囲気など裏話を披露してくれた。ブログを読んでいても伝わってくるが、そういった率直さは聴講者を引きつけたに違いない。

高田記者のブログを眺めていたら、「記憶の本だな」というコーナーで、『サイゴンから来た妻と娘』(近藤紘一著・文春文庫)にリンクしているのを見つけた。ちょっとうれしい。

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2005/05/14

新聞記者講演会

横浜にある日本新聞博物館が「新聞記者講演会」を開催した。今日の講師は、新潟日報社の高橋正秀氏(編集局報道本部報道第二部長兼編集員)と北海道新聞社の高田昌幸氏(編集局報道本部次長)の2人で、テーマはそれぞれ「拉致問題を風化させない」「“北海道警ぐるみの不正”を認めさせるまでー調査報道の可能性と限界」。新潟日報社の高橋氏は「キャンペーン企画『拉致・北朝鮮』」で、北海道新聞社の高田氏は「北海道警察の裏金疑惑を追及した一連の報道」で2004年度の新聞協会賞を受賞している。

会場は老若男女200名以上の聴講者で満席。日本のマスメディアはこのところ、メディアスクラムなどを批判され、市民と政府の挟撃にあっている感もある。しかし、会場の雰囲気は、逆に新聞をはじめとするジャーナリズムを応援しているかのように感じられた。もっとも、新聞博物館が主催するイベントであり、熱心な新聞ファンが集まりやすいのかもしれないが。

北海道新聞社の高田氏のコメントが印象的だった。道警の裏金疑惑の記事が掲載された日は、同社の報道を支持・応援する電話が鳴りやまなかったという。こういった読者の支持があればこその新聞であり、この支持がなくなったらどうなるか。いったい、われわれは誰に向かって、何を伝えようとしているのか? その自問自答の繰り返しが何よりも大切だ、と。

詳しくは、それぞれの著書で。

同博物館は来月、企画展「写真が伝えた戦争」第2弾記念シンポジウム「戦争写真取材の内幕を語る」を開催する。パネリストには、共同通信社の原田浩司氏(編集局写真部)やジャーナリストの綿井健陽氏(アジアブレス・インターナショナル)など。こちらも面白そうだ。

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2005/05/12

身体情報の登録

昼休みを利用して、キャッシュカードに身体情報を登録しに行ったら、印鑑がないと手続きできないと言われてしまった。身体情報と印鑑というミスマッチな組み合わせ。印鑑といっても、三文判しか持ってないけどさ。

セキュリティーを高めるといって、身体情報を提供し…。
利便性を高めるといって、住基ネットが稼働し……。
地域の安全を守るといって、監視カメラに見つめられ………。

だんだんブレードランナーの世界に近づいているようで、実は気持ち悪い。

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2005/05/09

日常が始まる

ふう。あと数時間で出勤だ。また日常が始まるなあ。いつも旅に出かけると「ああしよう」「こうしよう」と思うのだけど、仕事の忙しさに負けて、だんだん忘れてしまう。今回はブログでほぼリアルタイムに記録を書くことができたから、少しは覚えていられるだろうか。

その他の旅行記もHPの方にアップしたいなあ。その前に新iMacを導入せねば。う、先立つものがない。

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2005/05/08

横浜より

今回のサイゴンでは、以前は多く見かけたフットマッサージ屋が消えていた。ファングーラオでは1軒しか見かけなかった。しかも、料金にチップを上乗せしして前払い。あくどいチップ請求で客との間でトラブルが多発したのか。もしくは、もう飽きられたか。

ドンコイ通りを歩いたときには、総合エステのチラシを渡され、その中に、フットマッサージなどマッサージコースもあった。サービスで差別化を図り、追いつけない店は淘汰されたのだろうか。

また、鳥インフルエンザの影響で、鶏が流通していないようだ。フォー屋に入っても、フォーガー(Pho Ga)を食べることはできなかった。

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2005/05/07

再びサイゴンより4

5月6日夜、サイゴンの定宿からタクシーでタンソンニャット空港に向かう。サイゴンの夜の光景も見納めだ。相変わらず、バイクの大群が夜のサイゴンを埋め尽くす。

昼間は日本人はあまりいないなあと思っていたけど、やっぱ帰国便には日本人大結集だ。まだまだベトナムは人気だね。この時間帯は、僕の乗るVN便の10分後にANA便が同じく成田に向け離陸し、さらにJAL便が関空に向かう。

JAL便は、空港で弁当がサービスされるらしい。「搭乗券をお持ちの上、サービスカウンターまでお越しください」とのアナウンス。

セキュリティーチェックのときに取り出した財布や自宅の鍵、ライターを、検査官のいる机に荷物を置いて、しまい込んでいたら、アオザイを来た日本人のフライトアテンダントに話しかけられた。

「お客様がお持ちのヌクマムは瓶が割れると強い臭いで周りに迷惑が及ぶおそれがありますので、機内への持ち込みはできないのですが」

え、何で僕がヌクマムを持ち込んだのがわかったの? でもバックパックに厳重に梱包して、チェックインのときにすでに預けたんだけどなあ、などと思っていたら、人違いだったらしい。別の日本人男性が機内持ち込みの手荷物としてヌクマムを大量に抱えていたのだ。一瞬ひやっとしたなあ。(日本人でもVN便のスタッフだとメークもベトナム流になるんだね。)

現地時間で日付が替わった後に飲み物の機内サービスがあるのは仕方ないとして、日本時間の6時ころに朝食のために起こされるのはつらいなあ。だって、ベトナム時間じゃまだ4時だよ。ふう。

VN便は今朝、無事成田に着陸。空港からはエアポートバスで横浜シティーエアターミナル(YCAT)へ約90分。成田エクスプレスより安い。渋滞のリスクはあるけれど、この選択肢も悪くないな。

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再びサイゴンより3

5月6日、朝8時。ロビーで待っていると、昨夜の約束どおり、Pさんが迎えに来てくれる。餅米のご飯の食堂に連れて行ってもらう約束をしていたのだ。定宿があるコンクィン通りからすぐ近く。こんなところに、こんないい店があるとは気づかなかった。餅米のご飯2種。赤く炊き込んでココナッツパウダーをまぶしたものとソーセージや焦がしニンニクをまぶしたものをいただく。そうこうしているうちに、あとからVちゃんもやってくる。

3人でビンタィン区のカフェへ。客は皆、ノートパソコンを使っている。どうして? Vちゃんによれば、ここで飲み物を注文すれば、インターネットへの接続はただだからだそうだ。ここでVちゃんの友人Dさんが合流。PさんやDさんは、Vちゃんの高校時代の友人。Pさんは自身でビジネスを起こし、Dさんは外資系企業でそれなりの地位を得ている。いわば、成功を手に入れつつあるわけだ。Vちゃんは、僕がただ旅行中に会う人びとだけでなく、こういったベトナム人もいることも知ってほしかったのだという。うれしい心遣いだ。

Dさんは仕事があるので、VちゃんPさんと3人で昼食へ。雷魚を食べさせる店に連れて行ってもらう。しかし、朝食に腹保ちのいい餅米のご飯をたらふく食べ、しかもずっとカフェでおしゃべりしていたから、全然お腹がすいてない。でもせっかくだから、頑張って食べる。ああ、空腹なら、お代わり3杯は軽くいける味なのに。残念。

ここでVちゃんPさんとはお別れだ。いろいろ連れて行ってくれて、ありがとう。

午後は、昨日ホテルで会った中国人女性Lさんと土産物を買いに行く約束。さて、いったん部屋に戻ってシャワーでも浴びようかと受付で「Key Please」。しかし、なんと、「部屋はもう使えない。新しい客が使うから。荷物はそのまま外に出しておいたから大丈夫」。おいおい、何が大丈夫なんだ?

今日の夜便で帰国だから、それまで部屋を使っていい約束はしていたのだが、その分の料金は払わなくていいことになっていた。だから、仕方ないと言えばそれまでだが、せめて一言断ってしかるべきだろう。今朝だって顔を合わせていたのだから、そのタイミングはあったはずだ。10年来のつきあいだから、ホテル側と僕との間に、ちょっとした甘えがあったのは確かだ。以後、気をつけよう。やはり、いくばくかの緊張関係は必要だな。仕方なく空き部屋を借りて(おい、空き部屋があるじゃなかいか!)、シャワーを浴び、着替える。

茶をもらって飲んでいると、ホテルの女主人が、僕の部屋を取り上げた受付の女の子をしかっているのが聞こえる。早口のベトナム語で何を言っているのかわからないけど、ところどころ、僕の名前が出てくる。女主人にしかられて、受付の彼女は神妙な顔つきでいるものの、しょんぼりした感じはない。おしかりが終われば、笑顔で"Hi! Do you wanna one more tea?" やれやれ。でも、こういうところがベトナムの面白いところでもある。

約束の時間に少し遅れて、Lさんはやってきた。もう少し安いホテルのドミトリーに移ったのだそうだ。彼女が移ったドミトリーには2人の日本人がいて、あいさつをしても無視されてしまうのだと、ぼやく。その理由を尋ねられるが、バックパッカー初心者か、異常に他人に対して不信感の強い旅行客なのか。「その2人に挟まれているから、私の方がナーバスになっちゃうよ」とLさんは嘆く。

彼女の希望で、中央郵便局に向かう。午後の一番暑い時間帯なので、タクシーを使う。絵はがきを出すのかと思っていたら、新しく買ったデジカメでパチリ。次は僕の希望で、土産を買うべく、国営デパートに徒歩で向かう。その途中も、彼女はいろいろ目につく珍しいものデジカメに収める。どんなふうにとっていのか見ていたら、結構、面白い。影をうまく使った、メリハリのきいたカットだ。途中、Lさんと僕が並んだ影も撮影。さらに日本のファッションにも関心があるLさんに、日本人が好きな土産物屋を案内する。ドンコイ通りにあるKiTOだ。ここはいつ行っても、日本人の客が一杯だ。Lさんはバッグが気に入ったようだが、値段と荷物が増えるからとの理由で、買い物を断念。

のどが渇いてきたので、レロイ通りのバクダン・アイス(Kem Bach Dang)に向かう。ここのドリアン・アイスが僕のお気に入り。Lさんも気に入ってくれたようで、一言もしゃべらず、平らげた。彼女の夫はカメラマンでアーティストなのだという。1歳4か月の娘はベビーシッターに預けての一人旅。僕と同い年ということが判明して、さらに意気投合。しかし、5月8日が彼女の誕生日なので「私の方が年上ね」と笑う。ではドリアン・アイスは誕生日プレゼントということで、僕がごちそうする。お次は、ベンタィン市場。僕の友人Aから頼まれていたヌクマムを求める。Lさんも友人のためにアオザイ型の小瓶に入った香水を買っていた。さすがというか、値切り方がうまい。粘り腰である。

いったん別れて再度合流し、夕食に出発。彼女がベトナム人が行くような店がいいというので、初日にNさんと行ったバインセオの店に行く。ビールが入るとますます話が盛り上がり、ウォン・カー・ウェイの映画や日本人のライフスタイル、歴史認識まで。酔っぱらっているのだけど、頭はフル回転だ。

おっと、そろそろホテルに戻らねば。途中、タクシーが道を一本遠回り。それをLさんに伝えると、彼女は運転手のシートのヘッドレストの部分をピシャッと平手で殴る。

「なに遠回りしてんの! 道を知らないと思ってなめんじゃないよ!! その分は払わないから、そのつもりでいなさい」

突然のことで、運転手もびっくしりしていたが、僕の方も驚いた。もちろんメーター全額は払わず、さっさとタクシーを降りる。ホテルでチェックアウトを済ませ、Lさんと記念撮影。彼女はこのあと、フエに向かった後、ラオスとカンボジアに行くそうだ。お気をつけて!

ホテルのロビー奥にあるバスルームを借りてシャワーを浴びる。ホテルの下働きの女の子が、タオルを貸してくれる。こういう細やかな気遣いはうれしいんだけどね。この女の子は、僕の顔を見るたび「うそつき!」と言って、つねってくる。何でだろうと思っていたら、どうやら、毎回、違う女性と食事に出かけているように見えたためらしい。そりゃ誤解だよ…。英語がわかるスタッフが「彼女、嫉妬してんのよ」と耳打ち。それを聞いてまた「キー」と唸って殴りかかってくる。ありゃ。気に入ってくれるのはうれしいけど、もっと別の愛情表現の仕方もあるだろうに。しかも本気で殴ったりつねったりしなくても…。(横浜にて)

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2005/05/06

再びサイゴンより2

5月5日。10時過ぎに起きて、ホテルでバインミーの朝食。

バイクタクシーで戦争証跡博物館に向かう。新しい建物を建設中で、展示は1階のみ。他の屋外展示のほか、各小展示室はあまり変わっていない。日本でも数年前に開催された写真展「レクイエム」が常設展示され、従軍した報道カメラマンたちを紹介している。ローバート・キャパや沢田教一など。「石川文洋の部屋」は移設され、タイガーケージの隣だ。

正午になるとお昼休みのため、アオザイを着た係員に追い出される。お腹はすいてないし、あまりに暑いので、サイゴントレードセンター33階にあるパノラマカフェに避難し、サイゴン市内の眺めを楽しむ。トマトのシントーがほてった身体を冷やしてくれる。

13時過ぎ。統一会堂に向かう。今日は何かイベントがあるようで、地元紙サイゴン・ヤイフォンの写真展示やステージが設けられていた。統一会堂の中は以前と比べほとんど変化がないようだ。

外はますます暑い。タクシーを拾って、ホーチミン市郊外のビンタィン区へ。サイゴンツーリストが経営するコテージがある。目的は、その中にちょっとした、チン・コン・ソンの記念館があるからだ。先日、Nさんがそう教えてくれた。Nさんからもらったカードの場所まで、約20分。

しかし、受付のおじさんに聞いても、要領を得ない。そもそも、僕のチン・コン・ソンの発音がおかしいこともある。チン・コン・ソンの綴りも分からないので、連想しやすい、カン・リーの綴りを書いて、彼女とパートナーだった音楽家だけど、と言ったら、ようやく分かってくれた。

「ああ、Trinh Cong Son! それは、ここセクション1じゃなくて、2の方です」

ありゃ。ここから徒歩10分だとか。意気消沈。カフェでサトウキビジュース、ヌオックミアを飲みつつ一休み。まだちょっと青い味がした。

セクション2は、結婚式の記念写真をとるためのセットなどがある。その奥まったところに、チン・コン・ソンの写真を展示した記念館がある。係りの女性に説明を求めると、生前、彼はこの場所が好きだったため、記念して作られたのだとか。天童よしみの写真もあった。

夕刻、ホテルに戻ると東洋人女性バックパッカーが1人。声をかけると中国からの旅行者だった。深センからとか。Lさんといい、フリーライターで新聞に寄稿しているという。ニコンのカメラを持ってきたのに、買ったばかりなのに、壊れてしまったとそうだ。「これ日本製でしょ?」と詰め寄られる(もちろん冗談)。

彼女は、日本の文化に関心があるらしく、村上春樹がお気に入りだとか。共通の話題が出来たので、村上小説談義。でも英語では疲れるなあ。「海辺のカフカ」はいまいち、「アフターダーク」の翻訳版が今月出るから楽しみにしているという。明日、一緒にお土産を買いに行く約束。

夜、先日会ったT氏奥方と長男、その友人Pさんと夕食に出かける。部屋を出ると、ちょうどLさんも出かけるところだった。彼女がミッフィーのTシャツを着ていたので、それをほめると、「ここの日本語はなんて書いてあるの?」

「かわいいミッフィー そのほかに3話」。なんのこっちゃ。とりあえず、プリティー・ミッフィーとあることだけは納得してくれたようだ。

T氏奥方らに連れて行ったもらったのは、ベトナムでは珍しいワイン専門店。豚の胃袋がワインにあうし、川魚の刺身も新鮮でおいしい。

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2005/05/04

再びサイゴンより

タイ・バンコク、カオサン裏の小道にあるホテルNew Joeは割と清潔。これでエアコンつきの部屋が確保できれば言うことなし。昨日深夜のチェックインだったため、僕が行ったときには、エアコンなしで扇風機があるだけの部屋がひとつ空いているだけだった。

カオサンを見物したことはあったけど、泊ったのははじめて。どうも僕には合いそうにないなあ。

今朝は、早起きして、6時半始発のエアポートバスでドンムアン空港に向かう。まだ渋滞の時間ではなかったので30分強で空港着。

マーブンクロンあたりに投宿するなら、タクシーでモーチットまで行き、高架鉄道を使えば安く済むし、渋滞に巻き込まれなくてすむ。カオサンなら、時間があればエアポートバスで100バーツ。地下鉄も開業しているそうだけど、路線図を見る限り、空港から市内というルートでは使えそうにない(くわしくは分からない)。

タイ航空のエアバスでベトナム・タンソンニャット空港着。これまでは主にタクシーで宿に向かっていたけど、いまは路線バスが乗り入れており、2000ドン。ファングーラオ、デタムも通るから、時間に余裕があるときは便利だ。

結構、利用されているようである。途中、バス停でもないのにしばらく停車しているので、何事だろうと思っていると、車掌の女性が、昼飯の弁当を買いに行っていたのだった。むう。

僕はファングーラオで降りて、シクロを雇い、定宿に向かう。渡された鍵は502号室。てことは6階。あの急峻な階段をバックパックを背負って最上階まで登ることになる。考えただけで目眩がする。チョイオイ!

午後はシャワーを浴び、洗濯を済ませて午睡。

ここ数年、旅をしていると毎度、腹の調子をおかしくする。ビールの飲みすぎか。今日は、暴飲暴食は慎むことにしよう。

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2005/05/03

バンコクより

今朝は何とか早起きすることができた。昨夜と同じラオス・パリというレストランで朝食。日本人旅行者と同席。

ホテルをチェックアウトしてすぐ、メコン河沿いにあるイミグレーションへ。船でメコン川を渡ればそこはタイ。空路、陸路での国境越えは数あれど、川越えは初体験。

サワンナケートの向こう岸はムクダハンというタイ国境の町。タイ側では麻薬検査犬が荷物をくんくん。タイは麻薬や葉っぱに相当厳しくなったが、ラオスはまだまだ緩いのだと、旅行者に聞いたことがある。イミグレを出て、トゥクトゥクでバスターミナルへ。そこから、ローカルバスでタイ東北部イサーンの中心都市、ウボンへ向かう。約3時間の行程。

ウボンは暑かった。とりあえず、TAT(政府観光局)で地図をもらい、ついでに大きな荷物も預かってもらう。銀行を探し両替。で、荷物をとりに戻ったら、サワンナケートで会った日本人男性とばったり再会。

屋台でビールを酌み交わしていたら、同郷ということが判明。川向こうの隣の区の人だった。そんなこともあるもんだ。

ウボンからは飛行機でバンコクへ。ドンムアン空港を出ると、暑さと湿度で、一気に眼鏡が曇る。エアポートバスでカオサンを目指す。

今夜はNew Joeという安宿に泊まる。カオサンは異様だ。夜中まで外国人がうろうろし、くたびれたら沿道に座ってうろつく旅行者を眺める。タイに来たというより、歓楽街を楽しむといった風情。まあ、カオサン評は語り尽くされているだろうから、多くは語るまい。

明日早朝の便でサイゴンに戻ることになる。早くサイゴンに帰りたい。

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2005/05/02

サワンナケートより

先ほど、ラオス南部の町サワンナケートにたどり着いた。最近の旅では陸路国境超えをテーマとしているが、だんだん身体に堪えるようになった。

5月1日朝、T氏一家とその友人Pさんと朝食。

昼前の国内便でフエに向かう。フエからはバスでドンハーに向かうつもりが、いくら歩いてもバスターミナルが見つからない。しかたなく、バイクタクシーを雇い、ドンハーまで疾駆。1時間半の道のり。飛行機やバス、鉄道では目にすることの出来ない、沿道の人びとの姿が新鮮だ。尻が痛くて、気を失いそうになりかけたころ、ようやくドンハーに到着。

ドンハーからは、ローカルバスに乗り、ラオス国境手前の町、ケサンに向かう。今日はもう国境ゲートが閉まっているので、当地泊。

部屋に案内され、奥のバスルームの明かりをつけると、何か親指大の黒い卑しい生き物が、排水溝に駆け込んでいった。う、ゴキブリ。今夜はゴキブリを筆頭に、かわいい泣き声のヤモリ、控えめだがしっかり血を吸っていく蚊たちとともに、一夜を過ごすことになった。


明けて今日5月2日朝8時半。ホテルの前で待ち、ローカルバスにピックアップしてもらう。9時には国境の町ラオバオに到着。セオムでイミグレーションまで。非常に混雑した様子を想像していたが、閑散として、闇両替の女性たちのほうがたくさんいるのではないか。

9時15分。国境を越える。歩いてラオス側ゲートを目指す。

9時30分。ラオス入国。ここからバイクタクシーは使わず、徒歩で1kmほど先にある国境の町クロンを目指す。

10時。クロンに到着。大型バスも停まっており、正午にサワンナケートに向かって出発するという。サワンナケートまでは5時間。まだ明るいうちに到着。

このバスで一人旅の日本人女性のバックパッカーとあう。フエでビエンチャン行きオープンチケットを買ったのだが、ローカルバスを乗り継いできたとのこと。ベトナム人のおばちゃんが国境まで連れてきてくれ、このバスの車掌にも何やら言い含めていた様子だと。どういう仕組みになっているのだろうかと、訝っていた。

彼女はこのまま日本には帰らずに、バンコクに住む予定だとか。面白い人だなあ。もう10時間以上もバス移動していたので、眠くて仕方ないといった様子。僕がサワンナケートで降りて、メコン河を渡ってタイに行くのだと言ったら、「いいなあ、私も早くタイに戻りた〜い。カオサンでバナナ・シェーク飲みた〜い」と愚痴る。

彼女は半ば、僕と一緒にサワンナケートで降りるつもりでいたらしいが、途中、バスが停車して車掌が「ビエンチャン行きのバスはここで乗り換えだ」と一言。彼女は考えるまもなく、反射的に、あいさつもそこそこにビエンチャン行きのバスに乗り込んでいった。

面白い人だなあ。連絡先を聞いてなかったのが残念。もしこの記事を読むことがあったら、是非、連絡くださいね。

そうしてサワンナケートに到着。メコン河の夕日が見れるかと思ったが、あいにくの曇り空だった。こんなところでも、日本語が使えるネットカフェがあることに驚く。

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サイゴンより3

4月30日午後。昼寝の後、サイゴン市内を歩き回る。いまはブイビエン通りに安宿街の地位を譲ったファングーラオ通り。数年前まで北側は塀に囲まれていたのが、いつの間にか公園になっていた。また、通りの南側はまだホテルが並んでいるが、以前来たときには(ベトナム雑貨が大ブームだったころ)、フットマッサージ屋がサービスを競っていたのに、いまは一軒もない。シャッターを閉じているところもある。僕自身は結構フットマッサージが気に入っていたので残念。

ベンタィン市場前を通り、ドンコイ通りへ。やはり、そうだ。いっときの雑貨ブームはもう過ぎたのだろうか。嫌というほど目に付いた土産屋は淘汰されつつあるようだ。また、午後の早い時間帯で、暑くて暑くて死にそうなときだからかもしれないけど、日本人の観光客の姿はまばら。


夜は友人T氏と食事の約束。奥様Vちゃんは才色兼備のベトナム人。長男をつれて僕の泊まっているホテルまで来てくれた。ここはやはり、地元っ子しか知らない店がいい。先刻承知のT氏と奥様。さまざまな貝をさまざまな調理法で食べさせてくれる店に連れて行ってくれた。また、ここでは、さっと揚げたホビロンを食べることが出来る。絶品!

さらに2件目。ブタの脳みそとウコッケイまるまる1匹をそれぞれ入った薬膳スープで煮たホットポット。これも美味。塩コショウにライムを搾ってつけて食べると、なおよし。もちろん、ウコッケイは内臓も食べるし、脳みそも我らの胃に収まるのであった。

Vちゃんと長男はここで帰宅。ここからはいい年した男2人がホンダ1台にまたがり、一路マジェスティック・ホテルの屋上バーを目指す。閑散としているが、ふたりともこのホテルにはそれなりの意味があり、ここで飲むカクテルは、おじさん2人でだってかまわないのだ。

サイゴン川の向こう側を眺める。10年前は川岸のネオン以外は明かりもなく、30年前、深い闇の向こうでささやきあっていた人々が、「2005年4月30日」の主役となったのだ。(ラオス・サワンナケートにて)

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